旅立ち

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 上海までの船の中は穏やかだった。みんなで食事を取り、他愛のない話に花を咲かせる。特にこれからのことを話すでもなく、日本のことを話すでもなく。 「あ、それ僕の鶏肉だよ!」  アキラが祐斗の皿に手を出したのだ。チキンステーキの一切れがアキラの口に放り込まれる。 「自分のだってまだ残ってるのに!」  祐斗が怒ってアキラの皿に手を伸ばす。フォークで突き刺したチキンを自分の口に入れた。 「行儀悪いな、お前たちは」  タツキが怒ったように言う。セナは笑って見ていた。 「他人の皿の方が美味そうに見えるんだよ」 「変な言い訳!」  こんな時にはアキラに感謝だ。いつもくだらないことをし、くだらない冗談を言う。  船では1日半を過ごすのだ、短いようで長い。その間、ずっとアキラが祐斗を構ってくれた。  三日目の昼、船は上海の港に入った。セナたちは船の隠し部屋に入った。ここで荷物検査や乗員たちのヴァンパイア検査を受ける。  揉めることもなく、あっさりと検査は終わり、乗員の格好をした四人は用意されていた車に素早く乗った。持ち物は手荷物だけ。 「ここが上海?」  車が走っているのは都会の中だ。 「そんなに日本のビル街と変わんないだろ?」 「うん。もっと中国っぽいのかと思ってた」 「中国だって都会は同じだよ。そんなに変わらないんだ」  いつもなら逃亡するヴァンパイアは都会を抜けて行かない。スラム街のような裏社会に潜り込んでひっそりとその足跡を消していく。けれどセナもサイファもそんな旅を祐斗にさせたくなかった。  サイファは”懇意にしている裏社会の首領(ドン)”の力に支配されているホテルのスィートルームを借り切っていた。ここで一日を過ごし、その後はウズベキスタンを経由してジョージアに抜けていく。真っ直ぐ上海からフランスに飛行機で行けば10時間足らずの時間で着くが、時間をかけて跡を追えないように飛び回る。  今回はウクライナに抜け、ハンガリー、スイス、ドイツと周りフランスに入る。陸路を使い、船を使い、飛行機を乗り継いでいく。全て祐斗のためだ。知っていてヴァンパイアとつるむ人間もいれば、催眠を使って操る人間も使う。セナにもヴァンパイア社会の次期後継者としての力がある。全てをサイファに頼りきりじゃない。だてに海外を周っていたわけじゃないのだ。旅慣れている。セナだって裏ルートをふんだんに使っていた。今回はきれいな表の世界を見せて国に連れ帰りたい。  各国の特徴や物珍しさに祐斗は目を奪われていた。中国では都会と郊外の落差を目にし、ウクライナではフレンドリーな人たちに囲まれて孤独に包まれることもなかった。ハンガリーには日本人に似た空気を感じ、スイスでは山に囲まれたその情景に興奮した。空気が澄んでいて、見たこともない景色に包まれる。ドイツでは真面目で日本より少し堅苦しいイメージを肌で知った。 「父さんはほとんどの国を知ってるの?」 「今回の旅で入国したところはみんな知ってるよ。暮らしていたこともあったからね。居心地が良かったのはウクライナだった。150年くらいいたかな。気さくな性格の人が多かった。警戒心もあまりなくてね、食事にもさして困らなかったんだ」  そんなヴァンパイアらしい話まで聞く。今回の旅の途中ではタツキが飢餓を感じ始め、やはりウクライナの夜に”食事”に出かけた。ドイツでのセナの滞在期間は結構短い。食事に困ったのが原因だ。国民性なのか、隙がないそうだ。 「いたのは3年くらいかな。昔のドイツは今よりもっと条件が厳しかったからね」  それにしても、祐斗が旅の中で一番面白かったのは、三人の様々な変化だった。ハンガリーならハンガリー人らしい姿に、スイスならスイス人にと容姿が変わっていく三人。それでも基本の面影はちゃんとある。祐斗は目立つからほとんど帽子を被っていた。 「父さんが金髪って、すっごく違和感がある!」 「でも似合うだろ?」 「似合うけど。国では何色になるの?」 「元の色は銀髪だからなぁ。祐斗がいるから黒髪で通そうか」 「そんなことしていいの?」 「構わないさ! 俺のやることに口出しするヤツはいないしね」  こんなところが一族の中のセナの在り方、立場をよく表していた。 (父さんって我がままに育ったんだね) そんなことを祐斗は考えて可笑しくなった。  そしていよいよ、フランスだ。  
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