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車が出発した。華やかな都会から離れて、豊かな緑の中を走っていく。束の間、祐斗は自分の状況を忘れてその情景に見入っていた。日本とは全く違う雰囲気がある。広いブドウ園を見たり、どこまでも続く壮大な畑を見たり。
「父さん、きれいな国だね、フランスって」
「だろ? たまに出て来る家屋もいいアクセントになってる。俺はこの光景が好きなんだ」
「祐斗さまの国では」
「祐斗だよ。『ゆうと』と呼んでやってくれ。『さま』は無しだ」
祐斗も『さま』付けではお尻がもぞもぞしてくる。そんな扱いを受けたことなどないのだから。
リュカも困ってしまう、使用人の分際で、という意識が働いてしまって。
「リュカ、祐斗が欲しいのは客として祭り上げられることじゃない、心を許せる友人のような関係なんだ。それでなくてもどうしようもない状況からあの屋敷で暮らすことになるんだから理解してやって欲しい」
リュカはセナの言おうとしていることが分かった。確かに屋敷の中で祐斗の立場は微妙な位置だ。ただの人間。そう見られているのだから。なぜ大事にしなきゃならないのかが分からない。リュカ自身にはそういった垣根があまりない。人間が食事の対象ではあっても蔑視しているわけじゃない。
「分かりました、セナさ……セナ。そう呼んでいいんですね? ユウト、私もそう呼びます。構いませんか?」
「はい! その方がいいです」
祐斗が勢い込んで言う。少しでも仲のいい相手を作りたかった。祐斗の方こそお世話になるのだと言う気持ちが強い。リュカとはタツキ達のような仲になりたかった。
「では、ユウト。屋敷に着いたらまず部屋に案内します。他の皆さんと会うのは夕食時に。ディナーなんですが、マナーは大丈夫ですか? 練習しますか?」
「大丈夫です、父さんに習ってるから」
「良かった! そんなことを気にする者もいますのでね、どうかと思うんですが。料理は味わえばいいだけで」
「こんなところがいいんだよ、祐斗。リュカは他の連中とはちょっと違う。俺にしてみれば当たり前の感覚を持ってるっていうことなんだ」
「そう言っていただけると…… アルフレッドさまやセナさ……セナがそう言ってくださるから私もあそこに居易いんですが。そうでなければタツキやアキラのように外の世界へ出るんですけどね」
正直リュカもあの屋敷でため息をつくことが多い。形式に囚われて、自分の家系をひけらかす年寄りたち。そして、それに右へ倣えをしている若者たち。鬱陶しいこと、この上ない。統主のアルフレッドはどの家系にも平等に接しているというのに。
山間に入り、少しずつ周りの様相が変わっていく。緑の大地は徐々に遠ざかり、岩場の道を走っていく内に突然視界が開けた。山の斜面に立つ城と言ってもいいような建物。
「あれ、が、お屋敷?」
「そうだよ、祐斗」
祐斗が臆した様子を察したかのようにセナが祐斗の肩に手を置いた。
「大丈夫。俺たちがいるから」
自分でも少し震えているような気がした。いかにも何かが出てきそうな雰囲気のある城。人間を寄せ付けない、温かみを感じない佇まいがそこにある。
「とうさん」
少し声が喉に引っかかるような。
「僕、うまくやっていけるかな」
「みんながついているよ、祐斗。お前が心配することなんてないんだ」
セナの微笑みが温かい。
(父さんがいる。大丈夫だ、父さんがいる)
祐斗が深く息を吸う中、車は城の中に入っていた。
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