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「お帰りなさい、セナさま」
邸内に入るとすでに使用人たちが勢ぞろいしていた。祐斗の足が止まる。タツキが、軽くぽんっとその背を押した。次の一歩が前に出る。
スーツを着た男性が前に出てきた。見た目は50半ばくらいだ。
(年齢は見た目の約20倍。だから1100歳くらいってこと?)
そんな計算を頭の中でした。ここの人たちはあまり世の中に出て行かない。だから古い風習に包まれているのだとも聞いた。
「こちらがユウトさまですね?」
「はい」
返事をして咳払いをした。自分の声が委縮して小さいのが分かる。もう一度声を張る。
「祐斗です。お世話になります」
あの後、もう一度リュカに言われている。頭を下げてはいけない、と。
「お客さまの立場ですからね、自分の価値を下げることに繋がります。人間の間でも言うでしょう? 甘くみられる、と。最初の印象が大事なんです」
この屋敷ではそんなことが重要なのだとも教えられた。だから頭を下げないように頑張った。人間というより、日本人の癖だ、頭を下げるのは。
「私は使用人頭のローグと申します。ここにいる者たちにはなんでもお言い付けください。あなた様のご滞在中、お困りのことが無いようにと仰せつかっております」
当然だが、流れるようなフランス語。それに対し、祐斗も流暢なフランス語で返した。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ローグがセナに向かって頭を下げた。
「セナさま。お元気な様子、なによりです」
セナはうるさそうに手を振った。
「挨拶はいい。祐斗を寛がせたい。部屋に案内してもらおうか」
「仰せのままに。リュカ、後は頼みましたよ」
「はい。こちらへどうぞ」
男性は皆スーツ。女性は紺色のドレスに胸から裾にかけてひだのある白いエプロン。その中をリュカを先頭に四人は歩いた。廊下を曲がって祐斗は啜るように息を吸った。息を殺していたのに気が付く。
タツキとアキラが話しかけてきた。
「どうした、ビビったか?」
「ここってあんな感じだけど、気にすること無いから。ローグって頭が固いけど、悪い奴じゃないってことは一応言っておくよ。ただ立場を重んじてるだけ」
リュカも笑いかけた。
「ほとんど私がお世話しますから。私とだけ話しても構いませんよ。みんなもきっとそのつもりでしょうから」
言い換えれば、祐斗と接触する気が無いということなのかもしれない。その方が助かる、というのが正直な感想だった。
サイファが選んだ部屋は、窓から景色が広く見えた。遠いが、あの緑の風景が広がっている。思わず口元に笑みが零れた。あそこに自由がある。父がここを嫌って出て行ったのが分かるような気がした。
部屋は広くて、実用的だった。
「もっと豪華なのかと思った」
自分の部屋の中で緊張したくない。
「俺がそういう部屋が好きじゃないってこと、ここの連中には分かってるんだよ」
部屋の中に部屋があるような造り。セナの部屋はデスクがあり、大きなソファテーブルがあり、奥には寝室なのだろう。手前がバスルームとトイレ。その反対側の壁にもう一つのドア。入ると、セナの部屋より小ぶりだ。デスク、小さなソファテーブルなどがあり、さらに奥に祐斗の寝室。リビングと寝室の間にバスルームとトイレ。ここで生活のほとんどを送っても良さそうな部屋だ。廊下側にはセナの部屋から一つだけのドア。つまり、セナの部屋を通してではないと、祐斗の部屋には入れないようになっている。
荷物は先に届いていた。
「ねぇ、タツキとアキラの部屋は?」
「俺たちは本当はこの屋敷じゃないんだ。この敷地内に別の家がある。そこに住んでるんだ」
祐斗の顔が曇る。では、滅多に二人には会えないということか。
「けど、ここに部屋をもらえることになってるよ。後で部屋に来いよ。リュカ、祐斗が荷解き終わったら連れて来てくれないか?」
「分かりました。ユウト、そんなに離れていないから安心してくださいね」
祐斗の中では今では四人家族のようなものだ。嬉しそうに頷いた。
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