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ディナー
ディナーの時間が近づいて、祐斗は緊張でじっとしていられなくなった。
「ちょっと挨拶して、後は食べるだけ。勢ぞろいのディナーなんて滅多に無いから今日だけ我慢してくれないか?」
「挨拶って? 僕がなにか言うの!?」
「名前言って、よろしく、ってだけ言えばいいから。それで充分だよ」
「ホントにそれだけでいいんだね?」
「後のことは父上とシバが引き受けてくれるはずだ。祐斗は何も喋らなくていい。いざとなったら俺が立つよ」
セナの言葉でほっとした。疎まれている中での挨拶なんて出来るわけがない。
用意されていたスーツに着替える。
「ネクタイなんて出来ないよ!」
「任せとけ。今度ちゃんと教えてやるよ。この先知っていて損は無いんだから」
「スーツ着ることが増えるってこと?」
「スーツじゃなきゃ入れないホテルだってあるんだぞ。ほら、鏡見て」
姿見を見る。そこにいるスーツ姿が自分とは思えなくて照れてしまう。
「なんか恥ずかしい」
「似合ってるよ! へぇ! 変わるもんだな」
セナは我が子の晴れ姿が自慢でならない。
「これなら連中も文句ないだろ」
「文句言われそう?」
「文句言ったらぶっ飛ばす! 気にするな、祐斗には誰も近づけさせないから」
ヴァンパイアの食事会。人間という立場としてはなんだか皮肉めいて感じた。
ディナーの広間に案内されて、祐斗はまた臆してしまった。白いクロスに覆われた長テーブルがロの字に並んでいるのだが、そのテーブルの数は20もあるだろうか。それぞれに2人。つまり40人ほどのヴァンパイアが座ることになる。
「祐斗」
肩にセナの手が置かれた。小さく息を漏らす。
「俺とサイファの間に座るから。だから安心しておいで」
席次を聞いて少し大きく息を吸った。
一番奥の席にセナが進む。その後ろに祐斗、そしてサイファ。それだけで心強い。残りの席には既に他のヴァンパイアたちが座っていた。歩く自分を静かに見る目がどことなく冷たく感じる。
セナの向かい側にシバ。その隣がアルフレッドだ。つまり祐斗の向かい側。三人が座るのを待って、アルフレッドが立ち上がった。
「今日はセナが帰国した祝いの席を設けた。存分に楽しんでもらいたい」
皆が一斉に頭を軽く下げる。
「客人を一人紹介する。祐斗だ。祐斗、立ちなさい」
言われるままにまるで酔っ払っているみたいにふらりと立ち上がる。
「彼はセナの息子に当たる。見ての通り、人間だが、失礼のないように振舞ってほしい。セナの息子であれば、私の孫。シバが曾祖父にあたる。彼を庇護しているのはシバ、私、セナ、サイファだ。そのことをよく心に留めておいてほしい。異論は聞かない」
ヴァンパイアたちはこれにも軽く頭を下げた。
「祐斗、挨拶を」
アルフレッドが座る。心臓がどくんと鳴っって立ち上がった。咳払いをする。
「祐斗です。よろしくお願いします」
それを言うのがやっとだった。声は小さかっただろうか。端まで聞こえただろうか。
また一斉にヴァンパイアたちの頭が下がり、皆に聞こえたのだと分かった。
またアルフレッドが立つ。
「祐斗、座ってよいぞ」
バクバクした鼓動を抑えるように、祐斗は座った。セナが祐斗の手を軽く叩いた。それだけでほっとする。
「では、食事を楽しんでくれ」
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