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「父さん、お帰りなさい!」
あのディナーの重苦しい空気の後、アキラと自由に過ごしたのが良かったのだろう。祐斗の声が弾んでいた。
「なにかあった?」
普段と違うセナの様子に祐斗が気づく。アキラもそばに寄って来たが、慌てて一歩下がった。セナが殺気立っているのが伝わったのだ。
「父さん?」
「祐斗……」
セナは祐斗を抱きしめた。体が震える…… 理由は分からないまま、祐斗はセナを抱き返した。アキラはそっと出て行った。
しばらく抱き合ってからセナは祐斗から離れた。
「なにがあったのか聞いていい?」
「いや……」
何もなかった、と言おうとして言葉を止める。父が公表すれば嫌でも話は耳に入るだろう。なら自分の言葉で伝えたい。
「座ってくれないか」
セナは祐斗の隣に座った。
「どうせどこかで聞く話だから…… 俺は…… 今自分の母親を処刑してきた」
「処刑? お母さんを!?」
「母上は…… 俺の兄を殺していたんだよ、俺に後を継がせるために。兄とは異母兄弟なんだ。母上は自分の息子である俺に一族の党首を継がせたかった。だから……」
祐斗は衝撃を受けていた。父が跡継ぎなのは知っていたが、その裏でこんなことが起きていたのか……
「どうして…… どうして父さんが? 他の人じゃだめだったの?」
「……だめなんだ、俺じゃなきゃ。それに……同じ処刑をするなら息子の俺がやった方が」
「そんなの! そんなの、辛すぎるよ……自分のお母さんを処刑だなんて……」
祐斗は泣いていた。父の痛い思いが伝わってくる。泣き叫びたいだろうにそうは出来ない父の辛さが。
「ここの社会は…… そういう在り方で守られてるんだよ。同族を、まして身内を殺すなんて許されないことだから。だから一族の中でケリをつける。それが自分の一族を守る唯一の方法なんだ」
「でも正しくないよ! 人を殺したのは悪いことだと思う! けど息子に処刑させるなんて間違ってるよ! 父さんが……父さんが可哀そうだよ……」
「祐斗……」
祐斗の優しさに包まれて、セナはほろっと涙を落した。
「父さん、どこかに行こうよ。今ここにいたら父さん、壊れちゃうよ」
どこかに行きたい。不意にセナの中にそんな思いが突きあげて来る。
「俺もそうしたい……」
だが今はそうもいかないだろう。毅然とした態度を皆に見せなければならない。自分にかけられた疑いを晴らさなければリデロー家は……
「まだ早いんだ、ここを出るには。状況が落ち着くまで俺はここを離れるわけには行かないんだよ」
苦しいのは父なのだ。
「……父さんが……そう言うなら」
「俺は大丈夫だ。祐斗が分かってくれている、それだけで充分だ」
自分の地位を確立させなければ祐斗だって危ないのだ。今は強い自分でいなければならない。
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