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支度を終わらせ、俺は自分の席でレンから送られた記事を読み始めた。
会計さんは律儀にも待ってくれているようで、後ろの席のきざむと少し会話を交わしていたが、その会話もすぐに終わったようである。
きざむともうちょっと話してて良いのに。さすがに新聞の記事をそんな早くは読めないし。
「……へーぼん、今日髪型違うんだねぇ?」
読み途中だったが、後ろにいる会計さんが俺の髪をいじり始めたので、俺はスマホを置いて会計さんの手を掴んだ。ピンが外れたりしたら困る。
「ちょっ、君ランキング上位者に触れるのに抵抗無さすぎない~? さっきも俺のこと引っ張ってたし~」
「まぁ会計さんですしね」
「それってどういう意味なの!?」
ムッと唇を尖らせ、会計さんは俺の手を振り払った。
どうもこうも、確かに俺は弟は別枠として美形には弱い方だが、きざむとのバタバタで会計さんに関してはすっかり慣れてしまったし、心配すべき制裁の件なども、幸いこの空間には俺が会計さんをいじっても目くじらを立てるような人はいない。
現に今も、クラスメイトからは生温い視線を送られているような気さえする。
「会計さんには壁がないって話ですよ」
「……ふーん?」
色々な表現を考えたがどれも会計さんを怒らせてしまいそうな気がして、分厚いオブラートで包みまくってそう返すことにすれば、会計さんは興味なさそうに相槌を打って俺の頭に顎を置いた。イケメンって総じて人の頭に顎を置きたがる性質を持っているのか?
遠くであずくんが「あー! 俺の席~!」と言っているのが聞こえるが、きっと幻聴だろう。さすがにこの状況で二人構うのは無理だ。会計さんは気難しいから。
「ところで髪ですっけ? 今日寝癖酷くて前髪下ろせなかったんですよ。帰ったら速攻シャワー浴びます。耐えらんないんで」
「ポンパとかへーぼんがやるとチャラいからいつものに戻した方が良いよ~。まぁいつものもチャラいけどぉ」
「はは、会計さんには言わ……すみません、やっぱり何でもないです」
ついうっかり「会計さんには言われたくない」と言いそうになったが、慌てて途中で止める。危ない、会計さん相手だと慣れからか気が緩んでしまう。
会計さんは俺が言いかけたことにはもちろん気づいてたようで、「ふーーーーん???」という圧を上からかけられたが、それをすました顔で受け止めた。ぶっちゃけ怖いですけどね!?
「そんなことより、会計さんも今日髪型変えてますよね? 似合ってますよ」
「うっっわ最悪今日初めて髪型褒められたのへーぼんなんだけど俺の今日のポニテ褒めバージン返してくれるぅ?」
「会話の難易度高すぎません!?」
ただ褒めただけなのに、こんなノンストップで非難されることある? コミュニケーション上級者でも回避不可能攻撃すぎない???
そもそも会計さんのポニテ褒めたの、今日まだ俺だけだったの? 他の人にも褒められてそうだけど。
でもそういや会計さん急いでたもんな。だから誰にも話しかけられなかったのか?
だからってここまで言われるのはどうかと思うけど!?
「会計さんなら、いくらでも髪型で褒められることはあったでしょう? さっきの感じからしてポニテにするの初めてじゃなさそうでしたし……」
「今日初めて褒めてくれたのがへーぼんだったんじゃん!? きざむとかに褒めて欲しかった~」
「急にこっちに流れ弾寄越すなよ!?」
関係無いかのように(実際関係ない)レンとケイと話していたきざむが、会計さんのこと服の裾を弄りながらしっかりツッコミを入れた。それはそうすぎ。
きざむからは、助けろとかお前がまいた種だろとか言いたげな目を向けられたので、俺は仕方なく会計さんに呼びかける。
口では鬱陶しそうに返事していたが、俺のことを見下ろした会計さんは何故かニヤついていた。
……あれ、もしかして嬉しかったりする?
それならば、と俺はわざとらしく申し訳なさげな表情を作った。
「すみません、会計さん。実は『その髪型にしたらピアスが映えて良いですね』って褒めたかったんですよ」
「……へぇ、へーぼんのくせにちゃんと気づくんだ?」
俺が素直に気づいたことを言えば、会計さんは俺の頭にさっきと同じように顎を乗せた。
よし、機嫌はどうやら治ったみたいだ。というより、会計さんは俺の褒め言葉だけは素直に受け取ってくれないだけだが。他の人に褒められたときはちゃんと「ありがと~」って返してるの見たことあるからな。
「それ、新しいピアスですよね?」
「うん?」
「あれ? 違いました? じゃあ勘違いかな……」
「確かに新しいやつだけど~。何でそんなことまで?」
「そのピアス、俺も見てるブランドのピアスで欲しいな~と思っていましたし……。確か新作ですよね! デザインが良くて記憶に残ってて! 会計さんが付けてるピアスっていつも俺のド好みですし、つい見ちゃうんですよね。そしたら今日のは俺がちょうど欲しいって思ってたそれで~……」
喋っている途中で、会計さんが黙りこくっていたことに気づいて俺は口を閉ざした。
やべ、つい喋りすぎてしまった。会計さんからしたら俺のこんな話どうでも良かっただろう。
こんな長文、急に話されたらキモいよな。
「会計さんすみ、」
「……もー喋んな!」
とりあえず謝ろうとすると、会計さんは無理やり手のひらで俺の口を覆った。
謝るなと言われても、会計さんのこと気にせず話しすぎたのはどうかと思うし。
しかし、会計さんが喋るなと言うなら喋らない方が良いのか?
じゃあ仕方ないか。
俺が納得して頷くと、会計さんは手を離してチラチラと教室の出入口の方を見始めた。
「あー……と、俺そういえば仕事残ってたから生徒会室戻らないとだな~」
「あれ? 記事は良いんですか?」
「もう良いかな~! そういうわけだから、じゃあね! きざむもバイバイ!」
「おー、またな~!」
俺たちに手を軽く振ると会計さんは小走りで教室から出ていった。
いつも思ってるような気がするけど、生徒会の人たちって嵐みたいだな。
仕事で会計さんは行っちゃったけど、記事自体は気になる。
俺が伏せていたスマホに手を伸ばすと、横からいつの間に移動してきたのかレンにスマホをひょいと持ち上げられた。
「レン?」
「兄さん、記事よりまずは授業の準備じゃない? 記事って読むの時間かかるし、もう時間もないから後で読んだ方が良いよ」
「それもそうか~」
気になるとは言っても、弟にそう言われたら準備するしかないだろう。レンは偉いね。可愛いよ。
なお、この後バタバタしたことがあったため、記事を見ることを俺はすっかり忘れることとなる。
『若松ユウキの忙しない一日〈前編〉』完
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