トライアングル・コンプレックス《結》

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 瞬間、出迎えたのは食堂に響き渡る歓声。  この本当に男かと疑うような歓声はおそらくイケメン好きの親衛隊の面々である。ちょっとテンションがパリピすぎて俺には着いていけない。    声だけでぶん殴られたような気分になり、さすがに耳を手だけで塞ぐのは無理があったかなとガンガンする耳を撫でる。俺の耳超可哀想。    しかし、最初に上げられた歓声も段々と萎んでいった。    俺ときざむの姿を認めたからだろう。  ちらちら「あのチャラ男誰だっけ?」とか「いやそんなんより真っ黒のアフロの方がやべぇだろ」という声が聞こえる。確かに芸人でもないのにこのアフロのボリュームはヤバい。  でも案外手触りは良さそう、とアフロに手を突っ込んで感触を楽しむと、きざむに睨まれた。……と、思われる。ちなみに感触は普通に良い。   「あっ! 三人とも、あそこの席空いてるからそこにしない?」 「おー」 「良いよー」    俺がふざけていた間にレンが席を確保し、テーブルに備え付けられたタブレットを取り出した。   「きざむはこれの使い方知らないよね?」 「もしかして全席タブレット付いてんのか? ファミレスかよ」 「支払いもこれでできるぞ」 「ファミレス超えてんじゃん!」 「とりあえず使い方だけ教えるね」    レンが自分の頼むものをタッチして、学生証を読み取り部分にかざすと、注文完了のポップアップが表示された。    レンはナポリタンを頼んだようだ。  ……ナポリタンって、俺の記憶だとかなり安いやつだった気がするような。  きざむはオムライスを頼んだようで、タッチパネルをそのまま俺に渡してきたが、先にケイに渡した。  ケイから渡された画面に表示されていたメニューはサンドイッチ。  これもこれで美味しそうではあるけど。    とりあえず俺はハンバーグセットを頼み、タブレットをテーブルの隅へと戻した。      育ち盛りの高校生男子が単品メニューで足りるのか? 定食とかセットとか色々あるのに。  二人ともいつの間に食が細くなったのだろうか。ケイはともかく、運動部のレンはお腹空きそうだけど。    レンとケイが引き取られた先は普通にお金持ちのお家だし、特に心配することも……    ……もしかして二人とも気を遣ってるのか?  二人とも食が細くなったと考えるよりは、そっちの方が自然だな。なにしろ養子とはいえ、いきなり転がり込むことになったわけだし。金持ちとはいえ居候のようなもんだし。俺だってそんな状況で素直にバカ高いメニュー頼もうとは思えない。    そうと決まれば、とタブレットをまた引っ張り出して山盛りポテトを頼んだ。三人は和やかに会話をしていて、俺のことはあまり気に留めてなさそうだ。    特待生には食堂のメニュー、コンビニ、スーパーその他諸々全品無料という特権が与えられているので、俺は好きなものをバカバカ注文できる。  もちろん、この学園に通えるようなお坊ちゃんはそんな特権目にもくれないと思うが。    タブレットを戻すと、ちょうどレンのナポリタンとケイのサンドイッチが同時に届いた。  お礼を言いつつ受け取り、無言でお皿をレンとケイの前まで移動させる。脇にあった食器ケースからフォークとスプーンを取り出し、それぞれに見せるとレンが受け取った。  ケイはそのまま手で食べるようなので、フォークは俺用にもらっておく。  なんてったってブルジョワ学園だ。サンドイッチとかでもフォークで食べるのかもしれない、なんて思っていたがそこは俺の知る常識と一緒のようで安心した。そうだよな、サンドイッチは手掴みだよな。   「そう言えば、結局説明って何?」    きざむが思い出したようにレンに問いかけると、レンは口に入っていたナポリタンを飲み込み、一旦フォークとスプーンを置いた。   「この学園なんだけどね、」    語り出したレンにこれまたテーブルの脇に置いてあるナプキンを渡しつつ、澱みないレンの説明を聞く。  二年前に俺に説明したときよりも、格段に分かりやすくなっていた。    説明をしている最中に、俺が頼んだポテトとハンバーグセットときざむのオムライスが届き、オムライスをきざむの前に、ポテトをテーブルのど真ん中に置いといた。   「えっじゃあさっきの歓声ってお前らが人気者だからか?」 「えぇと……うん、まぁそういうことになるのかな?」 「男から人気ってのも複雑だけどな」 「それもそうだな。あ、ユウキ、このポテトもらって良い?」 「どうぞー。二人も食べて良いよ」 「それじゃあいただきます」 「ありがとな」    話の腰を折ってしまうのは少々申し訳ないが、説明ばかりで食事の手が止まってしまったため、しょうがないだろう。  ポテトなら話しながらでも摘みやすいし、我ながらベストな選択だ。   「ところでそのランキング? ってやつ、お前らもやっぱ載ってる感じ?」 「あー……、おれが十位で」 「オレが九位」 「へぇ、二人とも人気なんだな! 周り見ても顔いい奴は多いけど、お前らずば抜けてるもんな!」 「あはは、ありがとう」 「こ、れは素直に感謝すべきところなのか?」 「良いんじゃない? とりあえず。人気なのは悪いことじゃないっしょ」 「それはそうだけど」    ケイがサンドイッチを食べつつ、「つーか」と口を開いた。  ほくほくと湯気を立てるハンバーグにナイフを入れながら、ケイの話の続きを促す。   「オレの場合は元会長の弟っていうブランドみたいなもんだから」 「「元会長の弟?」」    聞いたことのない話で、きざむと声が揃ってしまった。  そういえばケイの養子先の家には大学生のお兄さんがいるんだっけ。レンのところにも弟が一人いたはずだ。  とは言っても、二人ともほぼずっとこの全寮制の男子校で過ごしているからか、そこまで家族のことは話に出ない。   「今の三年生が一年生のときに生徒会長だった人らしいよ。すごい人だったから、中等部におれたちがいた時から話はちょくちょく出てたよね」 「へぇ、そうなんだ」 「レンリはこの学園に兄弟とかいないのか?」 「おれの方は中等部に弟が一人いるよ」 「マジで!?」    まさか同じ学園だとは思っていなくて、思ったよりも大きな声が出てしまった。  そうか、見ようと思えば見れるのか。この学園、初等部と幼稚舎以外は全部同じ敷地にあるもんな。   「ちなみにオレの兄もこの学園の大学部だぞ、少し離れてるけど」 「そっか、大学部は同じ山とはいえ麓に近いもんね」 「まぁ体育祭には来るって騒いでたけどな」 「良いにーちゃんじゃん、羨まし〜。あ、ユウキは兄弟とかいないのか?」    デミグラスソースにハンバーグを漬けていると、俺に話が振られた。俺は今は一人っ子ではある。しかし、だ。     「うん、いるよ。可愛い弟二人」    そう言って笑えば、レンとケイの頬が少し赤くなった。   「へぇ、お前めちゃくちゃブラコンそうだな」 「失敬な! 偏見がすごい!」 「で、実際のところは?」    ポテトをマイクがわりにされ、「そりゃあもちろん、」と口を開いた時、耳を刺すような歓声によってかき消された。
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