若松ユウキの忙しない一日〈前編〉

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 どう足掻いてもこの三人は目立つからコソコソしようもないが、できるだけコソコソしながら学校へ向かうと、昇降口に人だかりができていた。  可愛い男子もイケメンもみんな何かに注目している。     「何があったんだ!?」 「あそこ掲示板あったよな、確か」 「新聞部が新しい記事でも出したのかな」    新聞部、と聞いて昨日会議に一緒に参加していた新聞部の部長さんのことを思い出す。  会議のことがもう遠い昔のように感じるが、あれ昨日なんだよな。色々あって疲れすぎて記憶飛んでるんじゃないかと思ったけど、しっかり昨日だ。    もしかしてその昨日についてもう記事ができたのか? だとしたら仕事早すぎる。  正直記事は見たい、けど。   「見に行くか?」 「……いや、良いかな。放課後でも見れんでしょ」    ケイにも昨日のことが思い当たったのか俺に聞いてくれたが、俺の前髪コンディションが今日は最悪なので遠慮しておこう。あの人混みを掻き分けて進む勇気はない。それに、もし本当にあの記事が俺だったら今は注目を浴びたくないというのに嫌でも目立ってしまう。  記事が気になるのはそうだけど、今はとりあえず教室に行きたい。   「じゃあおれが見に行って写真でも撮ってくるよ。三人は先に教室行ってて?」 「マジで!? 有能すぎる……!」 「助かる」 「最高だ!!!」 「褒めすぎじゃない?」    レンにツッコまれ、しかも早く行くよう急かされてしまったので俺たちは大人しく退散することにする。  ちなみに俺たちが階段を登り始めたときに、「竹村様!?」「どうぞお通しいたます!」という声が聞こえてきたので、レンは多分すぐ追いつくだろう。抱かれたいランキング上位ランカーのパワーめっちゃ便利じゃん。レンはガチで可愛すぎる子だから忘れがちだけど、そういや抱かれたいランキング十位なんだよな……。あんなに可愛い子なのに学園生は一体どこを見て投票したのだろう。  それを言うなら隣のケイもだし。   「……? どうした?」 「いや? 可愛いなって」    思いながらケイのことを見ていると、視線を感じたのかケイに訝しげに問われる。  素直に答えれば、ケイは一瞬の沈黙の後顔を赤らめた。  俺あんなに可愛いって言ってんのに未だに慣れてないケイ本当に可愛い。  レンは既に慣れてきているのか、二分の一ぐらいの確率で流してくるのに。   「おまっ、急に何言ってんだよ!」 「俺の隣で口説かないでくれない!?」 「きざむも可愛いよ」 「それを言うなら今日のユウキの方が可愛いと思うぞ!」 「カウンター辞めてくださ~い!」 「お前が始めた物語だろ」    笑いながら話していると、ようやく教室にたどり着いた。  四階まで上がるの本当に疲れるな。エレベーターもあるけど、朝は混むからなかなか使えないし。   「はぁっ、あ、兄さん!」 「おー、追いついたのか。そんな無理に走ってこなくても……」 「記事のことすぐに見せたくてつい……」 「かわい~! 抱きしめて良い!?」 「って言う前から抱きついてんじゃねーか」    とりあえずレンを抱きしめて可愛さを堪能する。  レンも俺の背中に手を回してくれたので、お互いに抱きしめ合っている状態だ。俺の弟が! こんなにも! 可愛い!  だがいつまでもこうしているわけにもいかない。というか普通にドアの前だから邪魔になる。  名残惜しくも離れ、教室に入って支度しようと足を踏み入れようとするが、それは叶わなかった。     「へーぼん!」    ぐい、と俺の首根っこを誰かに掴まれたからだ。おかげで首が締まってしまった。殺す気か?  一体誰に、なんて考える必要はない。こんなあだ名で俺のことを呼ぶのは俺の知る限り一人だけだ。     「……会計さん? どうしてここに……」    俺が振り返ると、そこにいたのは想像通り会計さんだ。あれ、今日はいつものハーフアップじゃなくて一つ結びなんだ。耳にキラリと光るピアスもセンスが……ん?   「会計さん、ピア……」 「記事! 見た!?」    俺が気づいたことをそのまま言おうとすれば、会計さんは聞こえなかったのか少し興奮気味に前のめりになってきた。語尾もいつも通り緩くないし、記事がよっぽどアレなのだろうか。  まぁ気づいたことに関しては後で言えば良いだろう。   「まだ見てないすけど……」 「早く見ろ!」 「分かりましたからっ! そんな揺さぶんないでくださっ、グエッ」 「声きたな~……」 「いや俺百パー悪くないですが!?」    俺がそう反論したところで、廊下が少しザワつき始めていることに気づいた。  あ、こんなところで役職持ちと大声で言い合いなんて注目してくれと言っているようなものだ。   「とりあえず会計さん、支度だけ済ませるんで待っててもらっていいですか?」 「へーぼんは仕方ないね~、まぁでも良いよぉ?」    あれ? 見ろって頼まれたの俺じゃね?  いつの間に俺が頼む側になってしまっているが、訂正しても会計さんの機嫌を損ねるだけだろうし、まぁそういうことで良いか。    俺は会計さんの手を引いて、教室内へと入った。
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