若松ユウキの忙しない一日〈前編〉

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   新しいピアスがよく見えるように、俺はいつものハーフアップではなく髪をひとまとめにゴムで結ぶ。  身支度を終え、さっさと部屋を飛び出してから俺は一目散に昇降口へ向かった。何人かに声を掛けられたが、挨拶をしながら手を振ると、急いでいることを察してくれたのかにこやかに挨拶を返してくれる。俺の親衛隊、やっぱり良い子が多いと思うんだよねぇ。    そのままの勢いで昇降口へ飛び込めば、掲示板付近には人だかりができていた。ふじかず先輩のことだ、きっと記事はもう書けているだろう。 「ちょっとごめんねぇ」なんて言いながら人混みをかき分ければ、前にいた子に「今度は会計様!?」と驚かれた。きっと数分前にも誰だかは知らないけど人気者が来ていたのだろう。    その声に反応するように道が拓かれ、お礼を言いつつ俺は記事の前へと進んだ。  他にも読みたい子はたくさんいるので、俺はさっと写真だけ撮って立ち去ることにする。普通の子は写真すら撮れないのだから、これこそ人気者特権ってやつだよね~。      階段は疲れるので、エレベーターの方へ向かった。朝だからやっぱり人が多いなぁ。  手持ち無沙汰気味なので、エレベーターを待つ間に記事をさっと読む。   「あ」    俺の口からぽろっと零れた言葉は、誰にも拾われなかった。    スマホに目を落としている間にエレベーターは着いたようで、俺も一緒に乗り込む。朝だからぎゅうぎゅうだ。   「会計様、三階でよろしいですか?」 「……うーん、ごめんね? 四階を押してもらっても良い?」 「分かりました……?」    エレベーターには俺以外に二年生が乗っていなかったのだろう。親切に聞いてくれた一年生の子には申し訳ないが、俺にはこれから向かわなきゃいけない場所ができたのだ。      エレベーターを降りて、できるだけ早足で目的の場所へ向かうと、そこにはここ数週間ですっかり見慣れてしまった男子の姿。    忌々しくて仕方ないへーぼんだ。名前? あんなのへーぼんで十分でしょ~?  へーぼんが教室に入ろうとしたので、咄嗟に腕を掴もうと俺の手は動く。しかし、腕を掴むのはなんか俺がこいつのことを好きみたいでヤダなぁという考えが頭を過ぎり、俺はその手をワイシャツの襟へと伸ばした。    案の定へーぼんは首が締まってしまったらしく、若干涙目になりながら見上げられる。      いや本当にわざと首根っこを掴んだわけじゃないんだよ。ただ手を掴むことに迷った結果、咄嗟に掴んじゃったところがそこだったというか……なんてうだうだ考えていることも、その顔を見て吹き飛んでしまった。    普段は眉にかかる前髪も上げられているため数段表情が見やすくなる。  へーぼんは、おそらく整えているのであろう形の良いその細い眉を下げた。  普段晒されていない部分も白く、毛穴も全く目立たないし、おでこにはにきびどころか痕すら一つもない。  それは普段のへーぼんの努力の賜物というやつで、こういう部分だけは密かに認めていたりする。本っ当にちょっとだけどね!    そんなへーぼんに対する俺の感想なんてどうでも良くて、俺には話したいことがあったのだ。  記事を読むよう言うと、へーぼんは早速読み始める。  きざむと少し話したが、きざむの周りには弟くんたちがいたし? あんまり俺が話しすぎるのもどうかなーというか。  そんなわけで、俺はなるはやできざむとの会話を切り上げて、へーぼんのことを何となく見下ろした。   「……へーぼん、今日髪型違うんだねぇ?」    暇だったので少し髪をいじりながら言ってみれば、へーぼんに俺の手を掴まれた。  ……さっきも掴まれたけど、へーぼんから掴まれる分にはノーカンだから。だって俺から掴んだ訳じゃないし? まぁへーぼんから一方的にやられる分には特に何もないしねぇ?    なんて思っていればそっから髪型褒められるし、でもへーぼんに褒められて素直に嬉しがるのもなぁと辛口で行けばへーぼんからはおちょくられたし。   「それ、新しいピアスですよね?」    おまけにこれだ。      話は変わるが、俺の家は紳士服の事業をしており、最近はアクセサリーや小物などの部署ができた。  そして、俺はそれに企画段階から携わっていたのだ。とは言っても高校生なので大したことはしていない。  せいぜいである。もちろん会社という場所にいる人たちは全員プロで、特に何かを学んだわけでもない俺のデザインなどほぼボツになった。当然だ。それに対して悲しさを覚えるほど俺は子供じゃない。むしろ全部ボツになるだろうと思っていたのだ。  しかし、一つだけ俺のデザインが採用されてつい舞い上がってしまい、新作として販売されたその新しいピアスを宣伝も兼ねて今日は着けていた。     『デザインが良くて記憶に残ってて!』     「何でピンポイントでデザインを染めるかなぁ~……?」    俺は熱くなった顔を誰にも見られたくなかったので、人のいない場所……生徒会室を目指して歩みを進めた。
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