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「はぁ~……」
「そんなこれみよがしにため息つかないでよゆんゆん~」
先日の一件を思い出し、俺は休憩中長いため息をついた。
一緒にいた同じ演劇部に所属する梓────これからはあずくんと呼ばせてもらう────に軽口で注意されるが、その中には「話聞こうか?」というニュアンスが含まれている。
その優しさをありがたいと思うが、守秘義務もあるので迂闊には話せない。
結局俺は話すこともできず、休憩は終わりの時間となった。
「みんな集合~! とりあえず今日はユウキクンも入ったことだし、一回通しでやってみようか!」
ぱん、と一回手を叩いて大きな声を出している人は、この演劇部の部長である山科先輩である。自慢じゃないが、いや嘘、結構自慢なのだが、俺はこの先輩に可愛がられている。多分。
どうやら俺の演技が山科先輩のお気に召しているらしいのだ。役者としては嬉しいことこの上ないね。
「イイ感じだったネ。ユウキクン最近部活来てなかったのに馴染んでたヨ」
「ありがとうございます! 最近バイトの方が忙しかったんですけど、何とかやれて良かったです」
通しでの練習が終わった後、山科先輩は個別で俺のことを褒めてくれた。
何か最近褒められてばかりで照れるな、なんて思いながら素直に嬉しい気持ちを伝える。
次の演劇部が演じる予定の演目はシンデレラのアレンジである。
しかし、俺はここ最近はバイトの予定が詰まっていたので、ダンスパーティーの背景にいる脇役をやることになっていた。
セリフはあるものの一言二言程度だし、あとは数分ワルツを踊るぐらいなので一応家でも練習できる。というか初音が付き合ってくれる。ちょうど初音も大きい舞台が終わったばかりなので、息抜きをしたいそうだ。
そんなわけで、俺の演じる役は、練習は必要なものの目立たない役のはずだったが、山科先輩がそこまでちゃんと見ていたとはビックリだ。
「ユウキクンはこれでも一応プロなのに学校の部活でも手を抜こうとしないし、役への入り込み方が頭一つ抜けてるからネ。部員の気も引き締まって助かるヨ」
「これでもってなんですか、これでもって」
「フフ、褒め言葉だヨ。ユウキクンの演技は、まるでそこにいるみたいだと感じるほど自然で馴染むからネ。ボク的には、プロとして活動するユウキクンをもっと見てみたいのだけれど」
「今はバイトで忙しいですから……」
俺たちが和やかに会話していると、隣に座って話を聞いていたあずくんが、ごろんと俺の膝に寝転がってきた。膝枕じゃん。
「はーい、俺もゆんゆんが主役やってるところ見たいで~~す! ゆんゆん、『アカイロヒーロー』のときも上手かったけど今はあれ以上だし! エキストラのゆんゆんもモブ感強すぎてあれはあれで良いけどさ~」
「ちょっと待ってあずくんいつの間にそれ見てたの!?」
「山科先輩に教えてもらった」
「山科先輩!? っていつの間にいない!」
「相変わらず神出鬼没だなぁ」
別に見られても良いんだよ。あの作品、個人的にはかなり好きなストーリーだし。
でも知り合いに見られるのはちょっとばかり恥ずかしいというか面と向かって昔の演技を良いと思われるのは照れるというか。
俺が恥ずかしがっていると、寝転がっていたあずくんが俺の頬に手を伸ばした。
その手首を掴んでそのまま頬を触らせてやれば、あずくんは笑い声を漏らしながら俺の頬をぐにぐにと揉む。力加減に容赦を感じない。
「ねぇねぇゆんゆん! シンデレラ終わったら次の演目ではやっぱセリフ多い役やりたい?」
「ん? いや、シンデレラ終わった後もちょうどバイト入ってるから、次も出るとしたらエキストラかなぁ」
確かこのシンデレラをやるのは二週間後なんだっけ。
そしたら役決めとか練習とか始まるけど、仮に準備が整うのは一ヶ月だとしたら、と考えてみるが、やっぱり俺の脳内のスケジュールは完全に埋まっている。
「もうそんな先までシフト決まってるの!? ゆんゆんバ畜すぎない!? ……たまには俺と遊んでね?」
「遊ぶよ、部活もバイトも無かったら」
「だいぶ日が限られてるじゃん!?」
「ユウキクン、後輩クンが来てるヨー」
文句垂れるあずくんを宥めていると、扉の方に移動していた山科先輩から大きな声で呼びかけられた。
あ、今はちょうど中等部の方の部活も終わる時間か。
この時間に俺のことを訪ねてくる後輩、となると。
「ユウキ先輩、今日一緒に帰りませんか?」
中等部の制服である学ランを着た初音が、俺のことを上目遣いのように見上げた。
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