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「ユウキ先輩と一緒に帰るの久しぶりっすね!」
「そういやそっか、ここ最近お互い色々あったもんね」
初音は俺と同じ学校の中等部に通う後輩である。
中等部と高等部は棟が違うだけで敷地は同じなので、お互いに予定がないときはこうしてときどき一緒に帰っているのだ。
鼻歌交じりに楽しそうに歩いている初音を見てると、ここ最近の疲れが癒されるような気がする。
後輩セラピーって偉大だな。
「ユウキ先輩!」
「ん?」
「今日はちょっと寄り道しませんか?」
俺の一歩先を歩いていた初音が振り返り、すぐ側にある公園を指差した。
「はい」
「あっ! ありがとうございます!」
「いいえー、こういうときこそ先輩面しないとね」
公園のベンチに座って待つように言い、俺は自動販売機でジュースを二本買って戻る。
俺も初音も甘いものが好きなので、とりあえず果物系のジュースを買っとけば間違いは多分ない。
初音は早速ジュースの缶を開け、両手で持ったまま一口飲んだ。
両手持ちはあざとくて可愛いと思う。
「あの、」
「うん?」
俺が隣も隣に座って缶を開けようとすると、初音は何やらもごもごと言いづらそうに口を動かした。
もしかして相談事だろうか。
俺と初音がこの公園に寄るときというのは、大抵何か初音に言いたいことがあるときだった。
だから、時間をかかることも見越してジュースを買ってきたのである。
「……ユウキ先輩、うちの事務所やめるんですか!?」
「ゴフッ!?」
危ない、ジュースを飲んでいたら吹き出すところだった。
思い切ってそう聞いた初音の眼差しは真剣で、冗談で言っているわけではないことは分かる。
「この前国玉さんに勧誘されたんですよね? 噂になってますよ」
「まっ……じで?」
「マジです」
一体どこから漏れたのやら。
糸枝さんには伝えてある話だし、あー、そういやあのときのプロデューサーにも話したっけ?
それがいつの間に尾ひれがついてこうなったと。
とりあえず色々と不服だが、誤解は解かないと。
「確かにあの人俺のこと買ってくれてるみたいだけど、俺は三角プロから抜けるつもりないからね!?」
「その反応見て安心しましたよ~! ……でも、それならあの日は何があったんですか?」
初音の言葉に、俺はあの日あったことを思い出しながらぽつぽつと話し始めた。
『だから、うちに来てみないか?』
突然の言葉に咄嗟に反応できなかった。
しかし、ゆっくり何度も考えたところで答えは変わらない。
『すみません、俺は三角プロの人間なので』
俺の出した答えはノーだ。
最初は確かに興味本位だったが、今では弟たちのお手伝いをすることも楽しいし、初音の面倒を見ることだって好きだし、一切マネージャー業を辞めたいと思えないのだ。
演技は部活でもできるし、俺は無名に等しい役者だ。
マネージャー業で毎日が満たされているというのに、今更表舞台に立つのは抵抗がある。
それに、俺は器用な人間じゃないから、ただでさえ自分のことでいっぱいいっぱいになっているというのに、ここに本格的な役者業なんてぶち込んでしまえば、あっという間にキャパオーバーになるのは目に見えている。
無謀なチャレンジは確かに好きだが、今の俺は遠慮したい、というのが正直な感想だ。
『なるほど、裏方に専念したいということか』
『そうですね』
『じゃあ良い話がある。今度、俺たちのライブがあるんだ。それにスタッフとして来てみないか? 何かやってもらうこともあると思うが、社会科見学だと思ってもらって構わない』
あっさりと退いた国玉さんに少しの違和感を覚えるが、次に耳へと入ってきた魅力的な提案で、違和感は綺麗に消え去った。
三ツ葉生のライブのチケットは、業界でも一二を争うほどの激戦区と言われている。キャパが大きい会場でやっているはずなのに、それを上回る需要があるのだ。
三ツ葉生はライブをやればいつも満員。それが当たり前だと世間では言われている。
そんな一般人でさえ来るのが難しいライブに、スタッフとして参加させてもらえる機会なんてそうそう無いだろう。
得るものもきっと多い。今後のレンとケイのプロデュースをする上で役に立つかもしれない。
『……一回、事務所の方で話し合ってから決めても大丈夫ですか?』
『あぁ。前向きな返事を期待しているぞ』
こうして俺は、二ヶ月後の国玉さんたちのライブにお邪魔させてもらえる運びになったわけだ。
「……」
「初音? どうした?」
「いやそれ結局引き抜かれてるじゃないですかーー!!」
初音が飲み終わった缶を大きく振りかぶり、ゴミ箱目掛けて思い切り投げる。
その缶は、初音のツッコミも乗っているからか曲線を描くことなく、一直線にゴミ箱へ向かって行った。
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