イベント開催

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  「ふーーん? 君が若松くん? ってことは、君がきざむの尊敬する役者さんなんだ~?」 「え、いや、あの……」 「千波くん、ユウキくん怖がってるから離れてあげなよー」 「そうだよ、大体千波くんだってきざむが出てる作品全部見てるんだから、そんな嫌味ったらしく言わなくても元々知ってたでしょー?」    ライブ当日。  国玉さんの言葉通り社会科見学……なんてことはなく、俺は楽屋周りの世話を担当することとなっていた。      そして何故かいびられている。  俺にやたら突っかかってきているのは、三ツ葉生でありアイドルとモデルの掛け持ちをしている千波さん。  そんな千波さんから俺のことを庇ってくれている双子のお二人は、同じく三ツ葉生でアイドルの右近さんと左近さん。   「若松くん。私も貴方の作品を見たことあるんです。『アカイロヒーロー』、面白かったですよ。そういえば、あの監督も来年あたりに十周年を迎えるんでしたっけ。今だったら絶対話題になること間違いない作品だったと思います」 「あ、ありがとうございます」   「若松、千波がすまないな。千波のお気に入りの後輩に別で慕っている人がいると知って、さっきから機嫌が悪いんだ。いつもはこんなではないのだが……。大変かもしれないが、今日はよろしく頼む」 「こちらこそよろしくお願いします」    俺のことを初対面で会って早々褒めちぎってくださるのは環さんで、千波さんのことに謝罪を入れつつスマートに挨拶を済ませてくださったのは清司郎さん。    最後に。     「若松、俺たちのパフォーマンスをよく見ておいてくれ。後悔は絶対させないから」 「ここに来たからには、最初からそのつもりですよ。楽しみにしてます」    緊張する素振りすら見せない国玉さん。      なるほど、大人気な三ツ葉生の中でもかなりトップクラスの人気を誇る六人だ。精鋭揃いである。  今更だが、この人たちのライブって本当に来ていいものだったのか? チケットは開始数秒で売り切れたとか風の噂で聞いたんだけど。ちらっとSNS見てたら、信じられないほど高額で転売されてるの見つけちゃったりしたんだけど。あ、良い子のみんなは転売なんか絶対しちゃダメだからね。     「ユウキくん、毛布持ってきて~。ちょっと寒いかもぉ」 「はい!」   「若松くんすみません! 私のイヤホン見ませんでしたか!? ちょっと確認したいことがあって……」 「そこのテーブルに置いてあるやつですか!?」 「そうですこれです! ありがとうございます!」   「ユウキくん、ちょっとトイレ行ってきたいんだけどリハーサル何時からだっけ!?」 「時間あるので行ってきて大丈夫ですよ!」   「若松、俺のネクタイどこかに混じったりしていないか? 何故か見つからないんだが……」 「もしかしてそこのクッションと完全に同化してるネクタイのことだったりします?」 「あぁ、ありがとう。気づかなかった」   「ユウキくん、今手が離せないからマネージャー呼んできてもらって良い!? 多分ステージの方にいると思うんだけど!」 「分かりました!」      ……想像以上に忙しいな!?  全員俺と同じ高校生だし、なんなら年上だから余裕だろとか思ってたよ!  全然余裕じゃないね! こんな現場ってバタバタするもんなんだね!? レンとケイがこんなバタバタしてんの見たことないのは、比較的緩い仕事ばかりだからだろうな。  このライブは万単位の人が集まるライブで、失敗など許されないということもあるのだろう。  ここでこんなに忙しいってことは、他の場所はもっと忙しいだろうし空気もピリピリしているに違いない。  そう考えれば、ここで良かった気がしなくもないんだよな。      ようやく一段落し、環さんたちはリハーサルの準備に入り始めた。   「若松、どうだ?」 「あれ? 国玉さん、行かなくて良いんですか?」 「すぐ行くつもりだ。お前に言っておきたいことがあってな」    綺麗さっぱり消えていたはずのあのときの違和感が、今更になって蘇ってきたような気がする。  そうだよな、こんな美味しい話あるはずない。何かがあって当たり前だろう。  まぁそんなことは分かりきった上で来ているのだが。     「若松、俺はお前が表に立つことを諦めたわけじゃない。……今日、このライブで、お前を芸能界に呼び戻したい」      俺はきっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたことだろう。  俺をライブに連れてきた対価がそんなもので良いのか。  そもそもそれを正々堂々と宣言するのは一体どういう了見だ? そんなことを言ってしまえば、警戒してますます気持ちが遠ざかる気がするのだが。   「お前の言いたいことは分かるが。……まぁ見れば分かるだろ。それに、」    この人ずっと俺の思考読んでんね。  それはさておき、すごい自信だな。それもトップアイドルのなせる技か。  だからこそ変なところで区切られた言葉が気になってしまう。    俺は、つい続きを促すように国玉さんと目を合わせた。     「期待、しててくれるのだろう?」      濁りのない青い瞳に、俺は瞬きもせず見蕩れ、吸い込まれそうだと錯覚した。あぁ、初めて会ったときにもこんなことを考えていた気がする。  永遠かと思ってしまうほどの時間はそんの数秒にも満たない。  国玉さんが目を少し細めたその瞬間、魔法が解けたような気がした。    魔法が解けてやっと動けるようになった俺は、声も出せずにこくりと一言頷く。  国玉さんは満足そうに微笑んで、俺の方を振り向くことなく準備に向かって行った。
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