トライアングル・コンプレックス《結》

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『準備できた』    レンから来たラインを認識した瞬間、俺は音速で通話ボタンを押した。  机の上には課題が広がっている。   『お疲れー。兄さん相変わらず早いね』 「レンもお疲れ、部活はどう?」 『んー、今日もだいぶ疲れたなぁ。こういうときこそ兄さんの料理食べたくなる』 『……オレも久しぶりに食いたくなってきた』 「じゃあ今度古典の準備室陣取ってご飯食べようよ」 『めっちゃ先生迷惑そうな顔しそうじゃない?』 『いや、案外ユウがお弁当作ってったらあっさり許しそうじゃねーか? いつも「金ねぇ」って言っててロクなもん食ってなさそうだし』 『それだケイ! ナイスアイディア!』 「作るのは俺だけどな?」    現在時刻は22時、寮の消灯時間だ。  とは言っても寮から出られないだけなので、別にそこまで不便でもない。  そんな時刻に、俺たち三人は電話していた。    学園に入学するまでは通話とかしなくてもラインのやり取りだけでなんとか持ち堪えられたのだが、こうして毎日顔を見ていると話したくて堪らなくなるのだ。しかし、俺のような平凡顔生徒が迂闊にレンとケイに話しかけたら目立ちに目立ちまくるのは必然である。  そこで提案されたのが、毎晩行う通話だった。    このときばかりは、いつも注目を浴びる二人もリラックスしているようだ。    ケイも俺も帰宅部だが、レンはサッカー部に入っているのでほぼ毎日忙しそうである。そのため、いつもレンの準備を待ってから電話というルーティーンだ。   「てかさぁ、俺入学して一ヶ月近く経つのに友達できないんだけど。ここの学園の生徒選民意識強くない?」 『いや兄さんピアスいくつ開けてるの?』 「えーと、右耳三つに左耳二つ? 五つか」 『どっからどー見ても不良だろ、声かけにくいわ。なんでオレよりピアス開けてんだよ』 「えー? カッコよくない?」 『カッコいい、けど……』    不意打ちのケイのデレについ悶えてしまって、思い切り机に額を打ちつけてしまった。 『兄さん!?』と本気で心配するようなレンの声が聞こえたので、慌てて起き上がる。   「だいじょぶだいじょぶ、超元気〜」 『ぜってぇだいじょばない音鳴ってたって』 『ビックリした』 「すみませんした」    ちなみに、成長した二人を見たとき俺はビックリしたが、弟たち二人はそれ以上にビックリしたらしい。    まぁ客観的に見てみれば無理もないだろう。  真面目な容姿だったはずの兄が、急にはっちゃけてピアス五つ開けるわ、眼鏡やめてコンタクトにして、髪型もストレートからふわふわチャラチャラヘアに変わるわで。  びっくりするどころか、かなり心配された。  とは言っても、俗に言う高校デビューをしたつもりでもない。    俺の中学校はピアス禁止だから我慢してただけだし、眼鏡をかけていたのも真面目感を演出したかったからだし。俺の場合、地毛がチャラついた茶髪だからかどうも真面目で信用できそうには見えない。  ちなみに俺たち兄弟は全員茶髪黒目である。ケイは染めてるから青色だけど、地毛は茶髪だ。レンは小学生の頃通っていたスイミングスクールの影響か、色落ちしていて柔らかな茶色になっている。つまり俺たちは現在全員違う髪色というわけだ。    あ、そうそう。実は、生徒会長としてよく分からない校則は撤廃しようと思い、その一環として頭髪規制も緩めたのだ。うちの中学、女子は肩につくぐらいだったら結ばなきゃだめとかツーブロック禁止とか整髪料禁止とかあったからね。いやでも別に清潔感があれば良いやん? てかなんでダメなん? と先生たちと徹底的に話し合い、任期終了ギリギリに校則改変まで至ったのだ。マジあの頃の俺頑張った。他の役員たちもめちゃくちゃ振り回しちゃったけど。まぁ「やりがいあったんで楽しかったっすよ」と言ってもらえただけマシだろう。    なんで校則改変したのか?  なんとなくだけど、ここの学園って自由度が高いから、こういう生徒を縛る謎校則への干渉がイメージアップに繋がるんじゃないかなって思ったんだよね。実際それは手応えがあったんじゃない? 面接クリアしたわけだし。  そんなわけで髪のセットは生徒会を引退してからもうこんな感じだ。二人は会ってなかったから知らなかっただけで。    うん、率直に言おう。  今の俺の外見は完全なるチャラ男である。    体つきも自分で言うのもなんだが細めで、それがまた軟派っぽさを醸し出している。体重はそんなに軽くないはずなんだけどな。身長も平均ちょいぐらいあるし。で、まぁそりゃチワワみたいな可愛い子は俺のことを避けるわ。納得。俺ノーマルだけど。彼女いたことあるけど。なんならこの髪型も最初は彼女がやってくれたものだ。まぁその彼女とは、俺が全寮制男子校に入るってことで結局卒業式を待たずして別れたが。    そんなわけで、こんな格好してるから、多分俺のことを見た事ない奴に「俺学力特待生なんだよね」って言ったら「うそつけ」と言われること間違いなしなのだ。     『そういえば』    ケイがふと思い出したように呟いた。  俺は一旦課題をしていた手を止める。   『そういえば?』 『や、明日クラスに転入生が来るらしくて、今日オレの部屋に荷物運び込まれたんだよ』    ここの学生寮は基本二人部屋だが、生徒会役員や風紀委員会の幹部などの所謂役職持ちと呼ばれる生徒、それから俺のような特待生には一人部屋が与えられている。  しかし、レンは一般生徒だからもちろん二人部屋だが、ケイは人数の関係上一人部屋だった。正しく言うと、二人部屋を一人で使っていたのである。  実際他のクラスの人数は偶数だが、うちのクラスの人数は奇数だ。  あ、そういえば今の席順は出席番号順なので、名字が「若松」の俺は一番後ろだ。すなわち、俺の後ろには席がない。もしかするとその転校生が俺の後ろの席になるのか?   『それにしてもこんな時期に転校とか大変そうだね、まだ新学期始まって一ヶ月も経ってないのに。Sクラスってことはすごい子なのかな?』 『ユウ的には良いんじゃないか? 他校から来たんだったらユウとも話が合いそうだし』 「あっそれはそうかも! ありがとケイ! 多分俺の後ろの席が転校生の席になるだろうから話してみるわ!」 『兄さん頑張れ〜』 『がんば』
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