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朝学校へ来ると、俺の席の後ろに新たな席が出現していた。
分かっていたことなので、特に気にせずに自分の席へと座る。
みんなチャイムが鳴るまで、こちらを見てひそひそと話し合っていた。正しく言えば、俺ではなく席を見ているのであって、俺は視界に入っているだけなのだが。
手持ち無沙汰にインスタを眺めていると、チャイムが鳴って先生が入ってきた。みんな期待したような目で先生を見ている。
「今日は転校生がいるぞー」
きた、と俺は目を光らせた。せっかくの俺の交友関係を広げるチャンスだ、自己紹介は一言一句聞き漏らさないぞ! と気合を入れる。このまま友達できなかったら弟たちに心配されちゃうし。
俺が一人で勝手にわくわくしていると、先生は廊下に向かって「入って良いぞー」と呼びかけた。
ガラリと教室のドアが勢いよく開き、そこから意気揚々と一人の生徒が出てくる。
教室の空気は一気に氷点下へと下がった。
その生徒は、やべぇほどのボリューム感のある髪に、今時どこで買ったのか分からないおしゃれ眼鏡とはほど遠い眼鏡をかけていて、顔の判別がつかなかった。
その容姿に、クラスメイトがあからさまにヒソヒソと悪口を言っている。
おい、誰だ今「ただでさえ平凡顔がいるのに」とか言ったやつ。お前らの顔面偏差値が突き抜けすぎてるだけだ。
転校生は教壇の真ん中まで来ると、クラス全体を見渡した。
「転校生の永寿きざむ!! よろしくなー!!」
その瞬間、キーーンと耳の奥で音が鳴った。
レンとケイの方を盗み見れば、二人とも咄嗟に耳を塞いだようだが、どことなく不機嫌そう。俺レベルにもなると、背中だけで弟たちの感情がなんとなく分かる。多分。
っていやいやそうじゃない。普通に現実逃避してたよ。転校生、なかなかファンキーじゃん。
「席は窓際一番後ろなー」
そうだ、席は俺の後ろだったんだ。
俺がふと弟たちの方に目をやれば、弟たちも俺の方を見ていた。二人とも表情が苦々しい。最近分かったことだが、弟たちはすこぶるポーカーフェイスが得意のようだ。でも俺が絡んだ瞬間一気に分かりやすくなるのが死ぬほど愛しい。可愛くて仕方ない。
弟たちから目を逸らすが、ニヤニヤが止まらない。
袖口で口元を隠そうと、手を口元へと動かした瞬間、転校生と目が合った。
これから俺が仲良くなろうとも思っている相手なので、口元を隠していた手を外してにこっと笑いかけた。笑顔は人の警戒心を緩めさせるのでね。まぁ中学の同級生には「お前がニコニコしてるとなんか胡散臭いな」って言われたけど。
転校生は何故か固まり、少し間を置いた後、「すげぇ!!」と瞳をキラキラさせた。急すぎる。
「えっ、何が? つか声でかっ」
「耳! かっけぇ! あ、ごめんボリューム落とすわ」
「お? 分かる? やっぱかっこいいよな!」
「いくつ開いてんだ!?」
「右三つ左二つ!」
「やべー! 良いな〜〜! 俺も開けてぇ!」
「え、開けないの?」
「なんか親が『親から貰った体大切にしろ』って」
「あーね?まぁあるわな」
「でもやっぱこういうの見ると良いな〜!」
「あ、てかさっさと座った方が良いんじゃね。みんなこっち見てる」
「うわマジだ! すみません!」
「いや別に良いけど……」
先生が、何が何やら追いつけない、という表情を浮かべながら気の抜けた返事をする。
転校生は一回軽く頭を下げ、後ろの席へと腰掛けた。
「なぁなぁ、お前名前なんて言うの?」
コソッと話しかけられ、俺は軽く後ろを振り向いた。
なんでそのボリューム調節ができて、自己紹介のときとファーストコンタクトのとき声がでかかったんだよ。
「若松ユウキ、気軽にユウキと呼んでくれれば良いよ」
「オッケーユウキ、俺もきざむで良いよ」
「おー、よろしくきざむ」
「そこー、仲良くなるのは良いけど話はちゃんと聞けよー」
「「はーい」」
二人揃って間延びした返事をし、俺たちは目を合わせて(転校生の眼鏡のレンズが分厚すぎて目は見えないけど)クスリと笑った。
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