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試合は予定通り行われることを確認してもらった上で、バスに揺られて僕たちは球場へ向かった。
窓の向こうを流れていく形式をぼんやりと眺めているときだった。
「集中が感じられないな」
隣の生田が話しかけてきた。
「え」
「先発だというのに、『心、ここにあらず』のように見えるぞ」
「そんなことないよ。イメトレしてただけさ」
生田の言うとおり僕は集中できていないのかもしれない。
いつもなら試合へと頭が切り替わるのに、いまはそうなっていない。
「開会式のとき、オマエは桜台の伊藤と話していたな」
生田が言い出した。たしかに僕は開会式で壮希と会話をしていた。特別なことはなく、お互い頑張ろうと言った程度の会話だ。
「よくそんなとこ見てるな」
「知り合いなのか?」
「同じ小学校で、同じリトルだった。当時はあいつがエース」
「そうか」
生田は納得したように二度頷いた。
「オレがどうだったのか聞かないのか?」
「伊藤がエース、ということは若月はエースではないってことだろう? それがわかれば充分だ。 もしダブルエースだったならオマエはそう言うだろう?」
こいつは将来、弁護士か詐欺師になれるような気がする。
「シニアでは戦わなかったし、高校でもずっと当たらなかったからこれが初めての対決なんだ」
「そんな縁もあるんだな」
「ただ……どうせ壮希と戦うなら、あっちも絶好調な状態でやりたかったなって思ってるとこがあってさ。ああ、今日は晴れちゃったなって思ってた」
そこまで話すと生田は「そういうことか」と言って腕組みをした。
「伊藤は連投中で、オマエは昨日は登板なし。そこに引け目を感じているということか?」
「そういうこと」
「……昨日オレは帰りのバスで武部たちを一喝したが」
「ああ、あったな」
「若月」
「ん?」
「オマエも油断はしないことだ」
それは、どういう意味だ? という言葉が喉から出そうなところで僕は堪えた。生田の言葉の意味、それを言語化するのは自分の責務だと感じたからだ。
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