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決して日陰になることのないピッチャーマウンド、そこにあいつは立っていた。
あいつを襲う疲労はどれぐらいだろう。それはスタンドからはすべてを感じ取ることなどできるはずもない。
ピッチャーマウンドに立つ者にしか、そのつらさはわからない。
夏の県大会準決勝、桜台高校対翔栄学園。
九回裏一死二、三塁。一点のリードを守るべく桜台高校のエース・伊藤壮希は、マウンドに立っていた。
僕は、あいつを小学生の頃から知っている。
壮希が振りかぶり、その右腕から球を投げた。翔栄学園の打者は変化球を引っかけた。ゴロとなった打球を壮希が捕り、三塁ランナーを牽制しながら、そのまま一塁へ投げた。
「アウト!」
審判の声とともに歓声があがる。あと一人、しかし、ピッチャーである壮希は傍目にも体力が限界であることは見え見えだった。
『三番、レフト……園田くん』
ここで翔栄学園は三番の園田、高校通算30本以上の本塁打を放っている。
逆転を狙うならば、翔栄学園には彼以上に期待できるバッターはいない。普通なら体力が限界の壮希から投手を交代するか、敬遠だろう(次打者も決して簡単な相手ではないが)。
桜台高校は、勉強で名前を聞くことがあっても、高校野球では名前を聞いたこともない。選手層も薄く、壮希以外でこの準決勝のマウンドを任せられる投手などいるはずもない。
この場面でも壮希に頼るしかない。たとえその体力が限界であっても。
隣に座る武部が「桜台じゃ園田は抑えらんねーだろ」と言った。
「桜台が勝つよ」
僕は言った。「えぇ?」と聞き返す武部を僕は無視して、僕は壮希を見た。
ここからは表情までは見えないが、落ち着いているように思えた
ゆっくりと振りかぶり、細くしなやかな身体から速球が放たれた。内角高めにコントロールされた球を園田は振りにいった。
鈍い金属音が響く。
疲れ切った男が投げた球は、園田のバットを詰まらせた。高く打ち上げられた打球は、大きく手を広げて待つ壮希のもとへと落ちてきた。
その球をがっちりと掴んだ瞬間、球場が揺れた。桜台高校の決勝進出が決まった。
下馬評で名前も挙がらなかった公立校の決勝進出に球場は大歓声に包まれた。僕は大喜びではしゃぐ壮希たちを黙って見ていた。
「若月ー、行くぞー」
背後からの声に僕は振り向く。いつのまにか周りのチームメイトたちは立ち上がり、撤収準備を始めていた。
「あー、ごめん、行くよ」
僕はゆっくりと立ち上がり、もう一度、マウンドで喜ぶ壮希を見た。
明日の決勝、壮希のいる桜台高校と対戦するのは、春に続き連続の甲子園出場狙う光北高校――、僕の所属する高校だった。
光北高校の背番号1は、僕だ。
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