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第一話 巣鴨の張り込み@麺創庵砂田
昨日から奴はアジトを動いていない。
柳田勝彦は巣鴨でターゲット補足していた。
行確に入ってから2日。そろそろアジトから出てくる頃だろうか。
東アジア某国からの工作員との情報だが、それが本当なのかどうか、その国は本当はどこなのか、それを突き止めるのが今回の柳田の任務だ。
昨日の夜なら張り込んで、気がつくと午後4時、今日も出てこないつもりだろうか。
朝コンビニのおにぎりを食べた後、何も食べていない。腹が減って来た。
しかし、行確中は身動きが取れない。キツい仕事だ。ワークライフバランスが叫ばれている昨今だというのに。
「ま、俺の職場はそんなものが浸透するわけないか」
柳田は独りごちた。
しかし、少し休憩を取りたいところだが…
柳田はスマホをいじった。
「まずいな…これはまずい…」
柳田は電話を掛けた。
「来栖か?」
「はい」
「来れるか?」
「今はこちらも離れられないですね」
「だよな」
「どうかしましたか? 応援が必要ですか?」
「あ、いや、応援は必要ない」
「また連絡する」
電話を切る柳田。
さて、どーする?
あいつは出てくるだろうか、確かに夕方の17時頃から動き出すやつは多い。夜に情報交換をすることが多いからだ。我々の行確はバレてはいないはずだ。
しかし、ここを離れて、その間に移動されたらコトだ。
柳田は空腹のイライラで足の貧乏揺すりが激しくなる。
やはり、仕方ない、諦めるか。
その気持ちを聞いたかのように、グゥっと柳田の腹が鳴った。
***
「いらっしゃい」
柳田は塩中華そばのボタンを押した。すぐに動けるように今日は醤油から塩に変更だ。ここで塩は食べたことがないしな…気持ちの問題か。
行列店だというのに、幸い今は空いている。世の中の間隙のような時刻だからな。
いや、待てよ、だとするとこの時間に奴が動く可能性は高い。し、しかし、食券を渡したばかりだしな…。
チャッチャッチャッ♪
チャッチャッ♬
静かな湯切り音が店と柳田のハートに響く。
まるでジムノペディだ。
その音の一定のリズムに埋没していく。
「はいお待ちどおさまです」
塩中華そばが着弾した。
く…やはり来てよかったぜ。このビジュアルを見ているだけで涎が出てくる。
柳田は箸を持った。湯気が立ち昇る丼。鼻腔をくすぐる鶏ガラスープの匂い。
た、たまらん。
その時携帯が鳴った。
「く、なんだこんな時に」
柳田は箸を置いて電話に出る。
「来栖か」
「先輩、奴はアジトを動くそうです」
「な、なに!」
「いつだ」
「まもなくです。先程奴らの仲間の携帯の通話を傍受しました」
「わかった」
くそ、どーする、刑事としてはすぐに走り出すべきだ。当たり前だ。
し、しかし…
柳田は箸とレンゲを持ち変え、スープを啜る。
くお、やはりうまい。アッサリしているのにコクがある。どういうことだ。どこまでも飲めそうだ。
「ズルズルッ、ズルズルッ、はふはふ」
くそ、もちもちした中太麺、たっぷりとスープを吸って吸い込みやすさも尋常じゃない。まるで尋常小学校だ。
「くお!」
このチャーシュー、昔ながらの歯応えのあるタイプか。うまい。スープにピタリと寄り添っている。たまったもんじゃないぞこれは!
柳田は時計を見た。さっきの電話から8分が経過している。
く、もう時間がない…柳田は残りのチャーシューを口に放り込んだ。
わりいなおやじ、急用なんだ。残すのは本当に忍びないが…。
柳田は断腸の思いで席を立った。
「クソクソクソクソ、間に合えよー!」
店を出ると、走って張り込み場所に戻る。
「はぁはぁ」
なんとか間に合ったか…!?
柳田はマンションの見える張り込み場所に戻った。しかし、その時すでにマンションのエントランスを出て道の角を曲がる奴の背中が見えた。
これはまずい…
柳田はその背中が角を曲がった瞬間に走り出した。
携帯が鳴る。柳田は走りながら慎重に携帯を取り出し、耳につけた。
「はい」
「ちゃんと尾行できてるな?」
「はんひょう! はい! もひほんです!」
「? お前、何か食べてるのか?」
「ひへ、ひゃーひゅーが」
「なんだって? よく聞こえないぞ」
「はい。勿論です。奴の動きは捕捉しています。一旦切ります」
ふぅ…危なかった。班長からタイミング良く電話とは。
角を曲がる柳田。
そこで奴がタクシーに乗り込んでいた。
まずい!!
奴を載せたタクシーが走り出す。
「くそ!」
柳田はタクシーを追いかけて走った。
走りながら携帯を掛ける。
「はい来栖」
すぐに部下の来栖が出る。
「奴は黒のジャパンタクシー、品川ナンバー、下4桁は6952、に乗って巣鴨から御茶ノ水方面へ向かった」
「わかりました。向かいます」
「頼む」
柳田は来た道を戻り、少し離れた所に停めた自分の車に乗りこみ、タクシーを追いかけた。
「よし、見つけた」
柳田はターゲットの乗ったタクシーが停まっているのを見つけた。
どうやは支払いをしている。ここが目的地のようだ。
柳田はその前にある古びたビルを見た。
タクシーを降りるターゲット。
柳田も車を停め、車両から降りた。
そして、尾行を開始した。
ラーメンのスープが腹の中でぐるぐると回転している。少し気持ち悪い。
「ん? あれは…?」
ラーメン屋か…うまそうだな。
柳田は次に行くべきラーメン屋を見つけた。
いかん、集中せねば。
柳田の携帯が鳴る。
「来栖です。奴は?」
「捕捉した。御茶ノ水の、N Sビルだ」
「向かいます」
「早く来てくれ」
「はい」
電話を切る柳田。
「危なかった。危うく巻かれるところだったぜ。さてと…来栖と交代するまでは、我慢せにゃならんな」
柳田はターゲットの入ったビルの見える場所で再び監視を始めた。
既に柳田の貧乏揺すりが始まっていた。
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