小人のポーシャとサワガニの子ども

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 朝も早い時間だった。お日様はまだ山の向こうでのんびりしていたけれども、雲のない空はすでに青い光で満ちている。梢の向こうでまあるい月が白っぽく色を無くしていた。  下生えのさらにその下を進むジローの跳躍は独特だ。  ほかのカエルみたいに飛び上がらないから、一見ただ走っているようにも見える。  後ろ足で勢いよく地面を蹴って草むらの陰をただ前に進む。派手さはなくて省エネだけれど紛れもない力強いジャンプだ。  大きな前進を三度繰り返して、ジローは難なく子どもに追いついた。  ジローの背中から降りてすぐ、ポーシャは子ガニにもう一度声を掛ける。 「ねえきみ、このまま進むと沢からどんどん離れちゃうよ。危ないよ」 「いいんだ、放っといて!」  子ガニは答えた。 「ボクはもう決めたんだ。沢からなるべく遠くの別の場所へ行くことにしたんだから」 「どうしてさ。沢にはきみの仲間がたくさんいるんだろう?」 「だってだって」  カニの子は怒ったようにハサミを振り回しながら、 「にいちゃんたちもねえちゃんたちもみんな、ボクの甲羅が赤っぽくてみっともないっていうんだもの」 「あん? 甲羅?」  横から覗き込んでそう言ったのはジローだ。 「おもしれーの。カニの甲羅なんて赤かろうが黒かろうがどうでもいいだろうによ」 「どうでもよくないよ」  ジローの言葉にカニの子どもはさらにぷりぷり怒り出した。 「ボクもみんなと同じ青い甲羅がよかったんだ」 「しょーがねーじゃん、赤いもんは赤いんだからさ」 「赤い赤い言うな!」 「ええ? だってオマエが最初に言ったんだろー」 「言ったのはにいちゃんたちだもん。ボクじゃないもん」  子どもの甲羅の色は確かに、このあたりで見かけるサワガニの青白い色とは少し違っている。甲羅は少し赤みがかった茶色で、手足は透き通ったオレンジ色だ。  ポーシャは意見をさしはさんでみた。 「君の身体の色、とっても綺麗だと僕は思うんだけど……」 「んだんだ」  すぐにジローが賛成してくれた。 「俺もその色イケてると思うぜ。それにさ、別にいーじゃんいろんな色があってもさ。俺らカエルだっていろいろだぜ。黒っぽいヤツもいりゃ緑っぽいやつや黄色っぽいヤツもいる。個性だから大体みんな気にしてないぜ」 「だったらボクはカエルに生まれてきたらよかったのかなあ……」  サワガニの子どもはしょんぼりと答えた。 「そうしたら、毎日のようにみっともないとか変な色だとか言われずに済んだのに」  ジローは顔をしかめた。 「そんなこと毎日言われてんのか。ひでぇな」 「だからボクは決めたんだ。まだだれも住んでいない綺麗な水を見つけて、そこで静かに暮らすんだ。沢をあとにするのは怖いけど、もう引き返さない」  きりりとした顔で決意表明する子ガニに、ジローは聞いた。 「チビ、オマエなんて名だ?」 「ボクはルドガー」 「ルドガーか。無駄にカッコイイ名だな、おい」 「ほんとに? ありがと、ヒキガエルのおじさん」  子ガニはカッコイイというジローの言葉に気をよくした様子だった。 「おじさんたちは?」 「俺はジロー。コイツはポーシャ。それとおじさんじゃなくておにーさんな。俺は数か月前にやっと尻尾がなくなったばかりの若造だし、コイツもまだまた子どもだ」  ジローにそう指さされたポーシャは首を横に振る。 「……けど僕は君たちと比べたらうんとおじいさんかもしれない」  ジローはこの春先はまだオタマジャクシだったから、多分ルドガーとそこまで歳は違わない。  一方ポーシャは確かにまだ子どもだけれど、もうじき十歳になる。森の小人はほかの生き物たちと比べてうんと長生きなのだ。 「ポーシャ、オマエそんなこと気にしてたのかよ。ていうかいまはそれはどーでもいい話だぜ。それよりコイツを綺麗な水のあるところまで送ってやろうぜ」 「いまのいま、人のことをおせっかいとか言ってたのはだれだっけ?」  ポーシャは言い返したが、もとより反対する理由はない。 「ねえルドガー、ジローはうんと足が速いんだ。新天地を探すのだったら乗せていってもらおうよ」 「とにかく遠くへ行きゃいいんだろ。尾根を二つ、三つ超えて、別の沢を捜そうぜ」
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