遺品鑑定士 ツゲル

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 呼び鈴が鳴る。今度はよれたポロシャツを着た体格の良い男がやってきた。歳はツゲルとそう変わらなそうだ。 「鑑定に移る前に遺品鑑定についてご説明させていただきます。当店では品物自体の価値は鑑定いたしません。私が鑑定するのは――」 「その説明はもういい」 「えっと……もしかしてリピーターの方でしたか?」 「リピーターじゃないが、説明は既に受けた」 「と、仰いますと?」  男は困惑したように頭を振った。 「まるで初対面のような反応だ。力を使うと前後の記憶が消えるという話は本当だったんだな」 「え?」 「力の代償って言ったか? 読み取った記憶だけでなく、その時取った行動も会った人の顔も全て忘れてしまうと。生活に支障が出ないよう、鑑定も週に一日だけにしてる。先週の貴方はそう言っていた」  慌ててデスクに置いたノートを開く。確かに先週と今週の予約者を照らし合わせると、全く同じ名前があった。五十嵐モトムというらしい。革手袋を取ってノートに触れると、今週の欄にモトムの名前を書きながら記憶について説明している自分が見えた。 「正確には、最初に力を使った時から前後五時間の記憶が消えます。この話はお客様にはしないことにしているんですが」 「俺が鑑定したい物の関係だ。遺品を見せた時、目的のものを突き止めるには家を調べる必要があると言われて、他人の男に妻のプライバシーを見せられるかと帰ろうとしたら記憶のことを打ち明けられた。本当に記憶が消えるのか確かめたければ、来週また来るようにとも」 「そうでしたか……」  モトムは一枚のメモ紙を静かにテーブルに出した。食材を買うための買い物リストだと一目でわかった。 「試すような真似をしたことは謝罪する。改めて貴方に鑑定を依頼したい。知りたいのは最後に妻が何を作ろうとしていたかだ。妻は――買い物に出た先でくも膜下出血になって急死したんだが――仕事に出かけていく俺に、今夜は特別な物を作るから楽しみにしててと言ったんだ。妻が何を作ろうとしたのか、俺はどうしても知りたい。妻のスマホケースに挟まれていたこの買い物リストを見る度に、その思いは強まった。そんな時、貴方のことを知った。超能力なんてきな臭いと思ったが、一縷の望みにかけて来た」 「奥様のこと、心からお悔やみ申し上げます。頼っていただけたからには、尽力させていただきます。買い物リストに触っても?」 「……それも覚えてないんだもんな」  買い物リストから読み取れたのは、これが家で書かれた物であることと、買い物中に妻ココが手に持っていたということだけ。ココが当たり前に夜を迎えられると信じて疑わず買い物をしている様子に胸が痛んだ。 「これだけでは何もわかりませんね。今からお宅に伺っても?」 「ああ。ついてきてくれ」
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