遺品鑑定士 ツゲル

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 メモ用紙を持ったまま、ココはクローゼットを開けたようだった。ツゲルもそれに倣う。手つかずのクローゼットは記憶の中と全く様子が同じだ。 『確かこの辺りの……』  上段に並べられたアルバムを取ろうとしたところで記憶が途切れる。ココがメモ用紙を手放したようだ。記憶の続きを見るため、ツゲルは手当たり次第アルバムに触れた。 「おい、何を……!」  右から三番目のアルバムに触れた時、メモ用紙から感じたのと同じ喜びが流れてきた。アルバムを手に取り、集中しながらパラパラとページをめくる。あった。同じ喜びの感情を色濃く宿したページには、とあるレストランで仲睦まじく座るココとモトムの写真が収められていた。 「それ、一回目の出会い記念日の写真……」 「そうなんですか?」 「ああ。懐かしいな。すっかり忘れていたが……」  ページをめくると、洒落た字体で書かれたカードが出てきた。開くと、聞き馴染みのない料理名が並んでいる。現物なら当時の記憶が読み取れるかもしれない。指先でカードに触れてみる。 『お洒落すぎて、お品書きを見てもどんな料理かわからないね』 『ゲームの必殺技名みたいだよな。響きが強い』 『それ去年も言ってた気がする。私達変わらないね。出会ってちょうど一年なのに』 『五年後も同じこと言ってそう。ってか言ってたい。馬鹿な話して、馬鹿みたいに笑うっていうの? 俺、結婚したらそういう家庭作りたいんだよね。一番幸せそうじゃん、そういうのって』 『やだ、プロポーズのつもり? 雑すぎるので今のはなしです。ちゃんと準備してから言ってください』 『プ、プロポーズじゃないって! ココこそ気が早いぞ。全く……』 『ふふふ』  カードには五年前の日付が刻まれていた。月と日にちはココが亡くなった日と同じだ。これは偶然か? 「この店、最近は行かれたんですか?」 「いや。二年前だったかな、潰れたらしくて」 「潰れた……? ならどうしてこの写真を見ながらココさんは喜んでいるんでしょう?」  ココはその後、アルバムを持ってキッチンへ向かったようだ。ツゲルもキッチンに行き、ココと同じように食器棚を開け、一枚の丸皿を手に取った。 『これ、写真の食器とそっくり! ロウソクはアロマキャンドルで代用して、ナプキンはママ会の余りを使って……。レシピは完璧だし、あとは作るだけね!』  そういうことかとツゲルは悟る。予想が正しければ、ココの触れた物全てに幸せや喜びが宿っている理由にも合点がいく。 「あの、ココさんのスマホケースに入っていたのは買い物リストだけですか? レシピを書いたメモがあるはずなんですが」 「レシピ? いや、身分証やポイントカードくらいしかなかったぞ」 「出先で落としたんでしょうか? わかりました。探してきます」  玄関のドアノブに手をかけると、水色のカーディガンを羽織ってルンルンと家を出ていくココの姿が見えた。彼女の残像を追いかけ、外廊下を進む。記憶が消えるまで残り三時間を切った。それまでに全てを終わらせなければならない。
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