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マンションに戻り、ツゲルは準備に取り掛かる。手の込んだ料理だったため、作るのに一時間以上も要した。当日ココがしたかったであろうもてなしをするため、モトムにはダイニングテーブルに座って待ってもらった。料理が出来上がり、アロマキャンドルに火をつけ、部屋の照明を少しだけ落とす。窓の外は夕焼けに染まり、温かな暗闇が部屋を特別な場所へと演出した。
「ココさんが作ろうとしていたのは、こちらです」
ツゲルが並べた料理を見た瞬間、モトムの目の色が変わった。
「これは……」
「五年前に行かれたレストランで提供されていた料理です。ココさんは五年前に貴方が言っていたことを、出会い記念日にまたあの店で料理を食べたいという話を覚えていたんですよ。店は潰れてしまいましたが、どうやらココさんはこのお店の料理人を見つけ、事情を話してレシピを教わったようです。そしてサプライズとして思い出の味を再現して、出会い記念日を祝うつもりでした」
トマトとバジルのブルスケッタ。
彩り野菜と真鯛のカルトッチョ。
アンチョビたっぷりのプッタネスカ。
大人ビターなエスプレッソ・アフォガード。
モトムは料理を一口ずつ食べ、込み上げる感情を必死でこらえるように目を瞬かせた。
「店の味とは全然違う。これはココの味だ。一体どうやって?」
「キッチンにはココさんの記憶が沢山宿っていますから、失礼ながら手本にさせていただきました」
「こんな、こんな……。ココは……そうか、約束を……俺のために、準備して……」
亡き妻の想いを噛みしめるように、モトムはフォークを手にしたまま項垂れた。ツゲルは急に目眩を覚え、咄嗟にテーブルに手をついた。テーブルクロスが引っ張られ、モトムの前に並んだ食器がガチャンと音を立てた。
タイムリミットが近い。まもなく記憶が消える。
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