遺品鑑定士 ツゲル

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「届けることが出来て良かったです。きっと出会い記念日が別れの日になってしまったことをココさんは悲しまれていると思います。ですからどうか、前を向いて生きてください。ココさんのためにも」  ツゲルは革手袋をはめると、玄関に向かった。 「どこへ行く?」 「帰ります。また鑑定したい遺品があれば、是非Recollectまで」 「待ってくれ。まだ貴方にちゃんと礼を言ってない! ここまでしてもらったのに、いきなり帰るだなんて」 「鑑定料は後日口座に振り込んでいただければ大丈夫です。それでは」  玄関ドアを開け、外へ出る。空は殆ど夜に侵食され、マンションの外廊下から見上げると真っ暗だった。エレベーターを目指して歩き出したところで、意識が飛びそうなほどの強烈な目眩に襲われる。  いよいよ時が来たのだ。  玄関ドアが開き、モトムが飛び出してくる。うずくまるツゲルを見つけ、駆け寄った。 「おい、大丈夫か?」 「……はい。少しふらついただけですから」  ツゲルはゆっくりと立ち上がり、周囲を見回す。眉をひそめて時計を確認し、困惑した様子で唇を舐めた。 「何故外に? この時間はいつも家にいるはず」 「覚えてないのか?」 「え? 覚えて?」  ツゲルは咄嗟にモトムから一歩距離を取る。その瞳は初めて会った人を前にしたように動揺していた。 「すみません、私は人の顔を覚えるのが苦手で。どこかでお会いしましたか?」 「……いや、初対面だ。出掛けに貴方が倒れていたんで声をかけただけで」 「それは失礼しました。本当に心配は要りませんので、私はこれで」  ペコリと頭を下げ、ツゲルは帰っていく。モトムはやりきれない想いで頭を振り、家に戻った。夕陽の沈んだ暗い部屋ではツゲルの作った料理がまだ湯気を立てていた。
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