遺品鑑定士 ツゲル

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 遺品鑑定屋Recollect。週に一度だけ開かれるその店で、グレーのスーツ姿の若い男は、女性客に朗らかな様子で話し始めた。 「鑑定士の沢渡(さわたり)ツゲルと申します。早速となりますが、遺品鑑定についてご説明します。当店では品物自体の価値は鑑定いたしません。私が鑑定するのは遺品に宿った記憶です。読み取った記憶をご依頼人様にお伝えしますが、故人様のご事情で秘匿すべきと判断された場合はお話を控えさせていただく場合がございます。故人様の尊厳を保つためですのでご理解ください。また鑑定時は私が直接、大切な遺品に触れる必要がございます。清潔は保っておりますが、その点もご了承ください」 「指紋……素手でということですか?」 「実は、私は世に言う超能力者で、サイコメトリー──つまり直接触れた物の残留思念を読み取ることが出来るのです。鑑定もその力によって行います」  女の顔が僅かに曇る。心中を察したようにツゲルは付け加えた。 「このお話をすると鑑定をやめる方もいらっしゃいますが、いかがなさいますか?」 「いえ、超能力なんてにわかには信じられませんが、良い鑑定士だと聞いていますので信じます」  女が持ってきたのは瑠璃色のとっくり(・・・・)と二つのおちょこ(・・・・)だった。事故で急死した父の遺品整理をしているうちに見つけた物らしい。骨董品を集めるような趣味はなかったが、木箱に入れて大切に仕舞われていたため、処分していいかわからず困っていたという。  ツゲルは両手に嵌めていた革手袋を取った。女に一礼してから遺品を手に取り、目を閉じる。すると瞼の裏に夢のような曖昧な景色が見えてきた。 (温かい感情で溢れている。なるほど、道理で大切にされていたわけだ)  数分間遺品を撫でた後、ツゲルは目を開けて柔和な笑みを浮かべた。 「こちらは故人様が作られた物です。素人の作品ですので、歴史的、文化的価値のあるものではありません。しかしながら大変深い愛の記憶を宿した器です。十三年前、故人様は旧友の方と旅行され、有田焼の陶芸体験教室に行かれました。何を作るのか迷った故人様は、将来娘様が酒が飲めるようになった時のためにこちらを作られたのです」 「私のために? しかも十三年前って私まだ六歳だったのに」 「貴女のことを深く愛していたからこそでしょう。照れくさくて仕舞い込まれていたようですが、時々箱を開けてはお客様と晩酌する夜を想像されていたようです。それだけ大切な物を渡すことが出来ず、故人様はさぞかし無念だったと推察します。私の所へ持ち込んでいただけたのは幸運でした」  女は涙を堪えるように、こすり合わせた手を口に押し当てた。 「父は、お酒が好きでした。子供の頃からいつか一緒に晩酌しようと言われていて……。本当に見えているんですね」 「はい。おぼろげではありますが」 「来月、私は二十歳になるんです。その日はこれを使って初めての晩酌を楽しもうと思います。父の遺影とともに」 「それはいいですね。故人様も喜ばれます」  鑑定料を支払い、女は風呂敷に包んだ木箱を愛おしそうに抱えながら帰っていく。ツゲルは満足げにその背中を見送った。
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