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「こんにちは。面接官の狭山です。本日は我が社の面接にいらしていただき、ありがとうございます。」
画面の向こうに見える若者は、少し緊張しているようだった。
六十年前。当時は私も若々しかった。思えば、私はリモート面接元年生。世界中にコロナウイルスが蔓延し、人々が隔離状態に置かれていた。生身の交流は途絶え、その代わりにリモートと呼ばれるコミュニーケーションが一般的に始まったのだ。
人類はそのマイナスを昇華して新しいコミュニケーション方法を発展させた。今や、まず人と会うのはリモートであり、ヴァーチャルであるのだ。
実は、私はそれほど優秀な学生ではなかったし、就職に対してもどちらかというと斜めから見ている方だった。とは言え、一介の女学生に変わりはない。せっかくリモートで面接するのであれば、綺麗に映るに越したことはない。ちょっと怪しいパソコン業者からパチモノのソフトを購入した。本番で使用する前に試してみると、その効果は抜群だった。美肌モード、セレブモード、秀才モード…、どれも極端に変化するわけではなく、そうなんだろうなと思わせる、まさに心をくすぐるトーンとセッティング。更に面接官の質問をAⅠ解析し、模範解答が即座に画面下に表示される。しかし、役に立ちそうもないベーシックな機能以外はサブスクリプション扱いとなっていた。確かに、これからの時代、リモートミーティングが増えるのであれば、それも悪くない。実際に会うことなど無い人との付き合いが多くなるかもしれないのだ。しかし、ソフトの料金は安くない。幸い、無料のお試し期間が登録してから二週間ある。
私は、めぼしい会社との面接をその期間に詰め込んだ。どうでもいいような会社から、学生に人気のある本命?の大企業まで、段階を追うよういい具合にスケジュールを組むことができた。
二、三社面接した後に、気になるボタンが画面上にあるのに気がついた。
『TS』と赤枠表示されている。面接が終わる度に何回かフラッシュするのだ。マニュアルには、・・なるほど、タイムシフトと書かれている。面接終了後、その表示の点滅中にクリックすると、その通信は5分間つながったままになるのだ。先方に知られずに。
つまり、緊張感がとけた面接官たちの雑談や愚痴、学生や会社に対する誹謗中傷など、生の声を盗み聞きできると言うわけ。
学生の憧れである大企業なんか、その内容たるやひどいもんだった。その会社からは内定をもらったが、快く辞退し、一番ストレスのなさそうな中堅企業に就職した。
そして、その年、スペースXが民間企業として初の有人宇宙飛行を成功させる。それが引き金となり、航空宇宙事業に関連していた私の就職した会社は目を見張るほどに成長を遂げた。
「桐谷くん。私とあなたの間に変なソフトとか介在していないわよね?」
私が就職担当の面接官になってからはまずそれを聞くことにしている。もちろん、今やこちらのモニターでは全てがお見通しなのだが。
「はい。」
「あまり、人間関係が得意ではないの?」
「はい。」
彼は自閉症気味ではあったが、私の勤める会社では、それは一つのキャラクターとして扱われている。
「どんな仕事に興味があるのかしら?」
「…」
「会社の事業は多岐にわたっているわ。それはご存知でしょ?」
「は、はい。」
「人気企業だから選んだの?」
「い、いえ。宇宙事業に関わりたいと思っているんです。」
俯き加減ではあるが、答えはしっかりとしていた。
「赴任するところが地球以外の惑星でも大丈夫かしら?」
「はい。むしろ、希望します。」
「それでは、VRゴーグルをつけて3Dウェッブカムの前に。」
私たちは、種子島にある工場を簡単に見学してから、ケープ・カナベラルにある宇宙港の倉庫に飛んだ。そこでは定期的なスペースカーゴで運ばれるいろんなパーツの仕分けが行われている。だが、動いているのは、ほとんどがロボットだ。ロケットの打ち上げを見学した後に、月に飛んでそこでの仕事と生活を覗き見た。
「人を密集させないようにしているの。そこそこの人口はいるんだけどね。」
「僕にとっては好都合です。」
「もう、随分前のパンデミックってご存知かしら?」
「中学生の時にデータとして読みました。擬似体験用のソフトはまだ無いようです。」
「あれ以来、地球ではウイルスの研究と対策が少しは進んだかな。でも、月のことはまだまだわかっていないから地球以上に気をつけている。それだけに、孤独感は強いかもよ。」
「毎日こうやって青い地球を眺めながら仕事をするのも悪く無いですね。」
「そうね・・。」
私は、彼のリアクションには少し不満だった。
「それじゃ、最後のところに行きましょう。」
通信状況が不安定なのか、所々にノイズが走っている。
「まだまだ遠いのよね。」
「ここはどこですか?」
「私が若い頃は、ここに来るまで最速のロケットで約200日かかったわ。今では90日前後。半分以下だけど。」
「もしかしたら、火星ですか。」
真っ黒な空に赤茶けた大地。
「相当地球とは違うから全てが仰々しいけれどね。ここはまだ小さな研究機関って言ったほうがいいかもしれないわ。それでも・・。」
「それでも?」
私はその先を言おうかどうか躊躇した。
「それでもね、人と人が近いから、ある意味、昔の地球みたいな暖かさがあるの。」
彼は顔をしかめていた。
「言ってみれば、便利じゃ無いところがいいのかな。」
「いろいろと不便という事ですね。」
「だから、いろんなアイディアが生まれてくるし、実際に面と向かってあーでもないこーでもないって意見をつき合わせることができるの。」
めんどくさそうだなと彼の表情が言っている。
「今日は、ご苦労様。あなたの時間を無駄にしちゃったかな。」
私の中で、彼は不採用だった。
× × ×
僕は、もういい加減嫌になっていた。これが最後の面接。そう決めていた。ダメなら、就職を諦めて何か別に生きる道を探そうと思っていた。考えが甘いと言われようとも。誰もがするように、就活に関してのマニュアル本やネット上の面接のコツみたいな動画を読んだり見たりしてみた。しかし、それは相手に合わせるために自分を成型したり覆い隠したりすることかもしれないと感じた。『それも就職の技術。』という者もいるが、僕はそこで割り切れない。そういう面倒臭い性格なんだ。
だいたい初対面で嫌われる。
「僕ちゃん。」
とある面接官からは呼ばれ、
「成績だけで、主張のない奴はダメ。」
「君との共同作業が想像できない。」
「なぜそこで主張しない?」
決してわからないわけではない。でも、僕に言わせると、型にハマっているのは彼らの方だった。
狭山さんはお年を召しているようだったが、いきなり変なソフト使っていないわよねって聞いてきたのには面食らった。トゲはある。でも、どこかに人間的な暖かさを感じた。
バーチャルで会社見学をさせてもらった時。感じたのは彼女との対峙ではなく、寄り添いだった。それは、心地よかった。
彼女の面接終了ともいえる言葉に、僕は声をあげていた。
「ちょっと待ってください。」
「ごめんなさい。次の学生の時間が間近なの。」
「では、ギリギリまでお話しさせてください。」
× × ×
彼を見つめると、その目は真剣だった。
「できれば、月のコロニーで働きたいんですが。」
私はごめんなさいと頭を下げた。
「そうね、選択できる可能性はあるけれど、現状、あそこは定員でいっぱいなの。」
「そうですか。」
「実はね、私は火星にいるの。」
「え? この面接は火星からなんですか?」
彼はびっくりしている。
「ノイズは走るけど、ほぼディレイがありませんよ!」
「そう、それがうちのテクノロジーなの。」
「できれば、火星に来て欲しいんだけどな。」
彼はガックリと肩を落とした。
「100パーセントあなたが望む環境では無いかもしれない。でも、プライベートの空間は確保されているし、あなたが学んできた技術は十分生かせると思うの。」
「はぁ。」
「うちの場合、基本から学べとか、十年早いとか言う人はいない。それぞれの個性がそれぞれのスタンスでやっている。もちろん、社員仲間や社外の人たちに対しての尊敬や理解と同時に・・。」
「ありがとうございました。私には無理かもしれません。」
彼も現代の学生の一人だった。
「でも、面接終了前に一言言わせてください。」
「?」
「今日、狭山さんとご一緒できて嬉しく思いました。」
「あら。」
「これまで幾つかの会社と面接をしてきたのですが、その度に自閉症とかこんなこともわからないのかとか、そんなことばかり言われたんです。ただでさえこもり気味な私ですから、更に・・・。」
「あなたに会ったこともないのに?」
「彼らはこう言います。俺たちはあらゆる学生を見てるから、一眼見ただけで或いは少し話しただけでそいつがどんなやつだかわかるって。」
「私の時から全然進歩してないのね。」
「もちろん、そういう会社ばかりでは無いと思うのですが、少なくとも私が受けたところは皆そうでした。ですから、今日もそう言われたら、もう就職することをやめようかなと思っていたんです。」
私は、一瞬考えて声を出した。
「矛盾してない?」
「え?」
「今やリモート時代だから、あなたの生体、成績データを見れば、それなりに優秀でしょ? でも、画面の向こうからはそう言われる。変よね。」
彼は少し考えてぼそっと言った。
「確かに。」
「もちろん面接官はそのデータ以外のことを見ようとしているはず。この仕事をAⅠロボットに任せないのはそこなのよ。一時期、彼らに任せるといい人材が集まるって噂になったけど、結局長続きする人を選べないってことになってね。人間同士で話さないとわからないってことにはなったんだけど。とどのつまり、人間もその人の自分の経験という狭い範囲の色眼鏡で判断してしまっている。そこに落とし穴があるのかもね。」
「とどのつまり? 色眼鏡?」
「ごめんなさい、古い言葉で。フィルターってことかな。とどのつまりはまぁ・・。」
「そうなんです。すぐに変なレッテル貼られちゃうんですよ。」
「これだけの情報社会なのにね。やっぱり必要なのは、少し時間をかけた生のコミュニケーションなのよね。もちろん、お互いに相手を理解しようって気持ちがないとダメだと思うけど。」
「ですね。」
彼の表情は心なしか爽やかになっているようだった。
「あのう・・。」
× × ×
月の環境が自分にはぴったりだと思った。新しい世界。適度な混雑度。その希望が通らないとすぐに告げられた時は、またダメかと思った。そして、自ら断りを口にした。
しかし、それ以上に、僕は、狭山さんから醸しでる会社の雰囲気に魅力を感じ出していた。今までにない、僕にとってはいい意味で妙な暖かさ。就職する場所よりも、その会社の環境に身を置いてみたいという気持ちが大きくなっていた。
「あのう・・、火星に連れて行ってくださいますか。」
そう言っている自分がいた。
その時の狭山さんの表情が忘れられない。
× × ×
桐谷くんはこちらに赴任するまでの90日間、宇宙旅行中にいろんなことを学んでくるはずだ。到着後は忙しくなるとメッセージを入れてある。
彼からのメッセージには『到着次第、ご挨拶に伺います。』と書いてあった。
しかし、それが叶うかどうか。
この会社のいいところは、定年がない。自分の好きな時まで働ける。しかし、私は彼の面接を最後に引退した。いい加減かなりの歳なのだ。
そして今、私は病室にいる。故郷の地球には帰りたいがそれも叶わない。宇宙の長旅に耐えられる体力はもはやない。
× × ×
その場で就職が決まった翌日、この会社のパフォーマンスを調べ上げて、東京の事務所と連絡をとった。新人にもかかわらず、いくつもの無理なお願いをした。
きっと狭山さんへのお土産になるはずだ。
二週間後にはロケットランチャーの前に立っていた。
朝焼けの南東の空に火星が光っている。
× × ×
「狭山さん。」と優しい声が私の頭にこだました。
目を開けるとあの桐谷くんが目の前にいる。
「桐谷です。」
ゆっくりと手を伸ばすと、彼の握力を感じることができた。強く、優しく、暖かい。
彼は医師に許可をもらい車椅子を用意してきた。
「ちょっと散歩しませんか?」
外には出られない。大きなパノラマウインドウがあるホールまでだ。
窓外には広陵とした赤い大地が広がっている。この光景さえもう長く見ていなかった。
「実は、面接の時のお礼にと思って用意してきたものがあるんです。」
× × ×
彼は床に置いたポータブルVRセットの球体を起動した。
「これは…。」
そこは朝早い森の中だった。あちこちで鳥の声が囀っている。
「実は、私の田舎の家のある森に弊社の全天球カメラをセットしてきたんです。」
驚くほど鮮明だ。朝の寒さえ感じる。背の高い木が風にゆっくりと揺れている。
すると、その樹々の間から太陽の光が漏れてきた。美しい日の出。キラキラと光る葉の緑が眩しい。眼下に見える湖面が反射している。
忘れかけていた地球の朝。光、土、水そして空気。
知らないうちに涙を流していた。いろんな思い出も溢れてきた。
腰をかがめた彼の笑顔がすぐ隣にあった。
「ありがとう。本当にありがとう。」
彼の肩に頭を寄せ、ゆっくりと目を閉じた。
× × ×
一年後、僕とそのチームは少人数ながら、この殺伐とした火星で生活する人たちに憩いをと48Kの全天球ホールを設計、開設した。そして、狭山パノラマホールと命名した。
了
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