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 10年前、未曾有のパンデミックに見舞われた私たちは知っている。予想もしないことは、ある日突然起きるのだと。そしてその時期も原因も、我々一般人には分からないものなのだと。  だから今さら、この状況にパニックになったりはしない。  私は血生臭い空気を肺に送り、ゆっくりと吐き出した。  見慣れた景色だ。熱を放射するアスファルト、渋滞した幹線道路、夕空に突き刺さるビル群。いつもと違うのは、街中にゾンビが歩き回っていること、だけ。 「これは……新しいウィルス、なのかな……」  異変に気づいたのは、仕事帰りに寄った神社でだった。「わあぁ!」遠くで上がった叫び声。それからは立て続けに、男声女声が入り混じった悲鳴が聞こえてくる。 「ぎゃあ!」 「やめろぉっ!」 「いやあぁーーっ!」  事故か、通り魔か、まさかテロでは。ただならぬ気配に、ほかの参拝客も不安げにあたりを見回していた。 「助けてぇ!」  境内に地獄を持ち込んだのは、必死の形相で走り込んで来た青年。後を追ってきた女性が彼に襲いかかり、倒れた体の肉と臓腑をむさぼる地獄絵図を、私はただ見ていることしかできなかった。  女性は自身も血まみれで、ズタズタのワンピースの脇腹から腸がはみ出して揺れている。 「ゾンビだ!」  震え声で誰かが叫んだ。その人は、血走った目で振り向いた女性──ゾンビの、次の獲物になってしまった。
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