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夫はどうしているだろう。避難していてほしいけれど、外回りの多い彼が無事でいる可能性は低いと、頭の冷静な部分が囁いている。まだ期待できるのは、一人娘の麻耶子の方だ。
麻耶子は下町のアパートで、恋人の傭平くんと二人で暮らしている。妊娠6ヶ月で働いていないのだから、ほとんど部屋にこもっているはずだ。近所の工場に勤めている傭平くんも、すでに帰宅しているかもしれない。
「もうすぐ暗くなるな……」
夏とはいえ、あと1時間ほどで日が暮れる。
電車やバスは機能していないだろうが、幸い麻耶子のアパートはここから徒歩でも行ける距離だ。一度こっそり様子を見に行ったから、駅からの道のりも分かる。線路沿いに歩けば、夜までに辿り着けるだろう。
「行かなきゃ……」
右手をギュッと握りしめ、私は顔を上げた。
地上の狂宴に興奮しているのか、おびただしい数のカラスがギャアギャア鳴きながら、朱い空を飛び交っていた。
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