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盃疑惑
私が弟を叱った後、入れ替わるようにして木戸さんが2人に今回の騒動について苦言を呈し、理沙さんには緩い平手を一発、弟には固めた拳で三発殴りつけていた。
剥げた畳みに転がり悶絶する弟を、頬を薄く腫らした涙目の理沙さんが寄り添っている。
物言えないキャンディの心の痛みだ、手加減はした、と木戸さんは私に言うけれど。
明らかに弟と理沙さんに差がありましたよね?
「理沙を孕ました罰と麻衣に全てを押し付けた罰が含まれている」
「なるほど」
理解はしたけど私の分は余計だったような気がしないでもないが、弟も私がやるより身に染みただろう。これに懲りて真っ当に生きてくれるなら言うことはない、と思っていたら。
「おいクソガキ。二、三日ゆっくり療養しろ。離れていたキャンディと暮らす時間も与えてやる。それが終わればお前は俺の手足となって働くんだ。いいな」
「よ、良くない! 良くないですよ木戸さん! また弟を悪の道に戻そうとするのはやめて下さい!」
いくら喧嘩に強くても平和に平凡に過ごしていたならば、報復を恐れて人を殺してそうなチンピラを平然と叩きのめせるはずがない。
若いのに持ち家だし、何気に高級車だし、ボロ家をサクッと改装しちゃう金持ちだし、キャンディちゃんや私には甘いけど普段は威圧感が半端ないので、どう見てもカタギの人に見えなかった。
「……麻衣お前、まだ俺のこと悪党だと思ってたのかよ」
「いい悪党もいるかもしれませんね」
「結局悪党には代わりないよな」
「………」
「あのな麻衣、男はな、大事なもん守る為なら修羅にだってなれるんだ」
「ほらやっぱり」
「そうじゃない。言葉が悪かった。修羅は言い過ぎだがそれぐらいの覚悟ってことだよ。理沙を養うって決めた時、俺はまだ二十歳そこそこの青臭いガキだったんだ。腕っぷしは強くても強さだけで生きていけるほど世の中甘くない。金は必要だし稼ぐには能力もいる。だから起業した。その結果が今なだけだ。誤解は解けたか?」
「ヤのつく職業に起業したってことですね」
「全然解けてないしむしろ悪化するのかよ」
脱力した木戸さんを弟と理沙さんが憐れんだ目で見ている。心なしか理沙さんの腕に抱かれたキャンディちゃんまで「ドードー」と呼ぶ声に優しさが込められていた。
あれ、私が悪者になってない?
「もういい。時間はある。これから知っていけばいいんだ。とにかく麻衣の弟は俺が預かるってことで本人とは話しがついている。そうだよな?」
「はい! 兄貴に一生ついて行きますんで!」
「いつの間にそんな仲になってんの?!」
仲良く握手を交わす2人に愕然となる。
すでに盃交わしたと言われたらねーちゃん泣いちゃうからね!
「よし! じゃあ今日からお前らは家族水入らずここで過ごすんだ。キャンディの荷物は持って来てるし金も入ってる。理沙、お前はもう嫁いだ身なんだからそれを自覚しろよ。若くとも母親だ。今度キャンディを捨てるような真似しやがったら俺の養子にするからな!」
キャンディちゃんをぎゅっと抱きしめながら何度も頷く理沙さん。弟もそんな2人を包むように抱き締めている。
本当の家族のあるべき姿を見てホッとしたような、物悲しいような複雑な気分だ。
「じゃあ俺は帰るからな。行くぞ麻衣」
「え、どこへ?」
「俺の家に決まってるだろう」
「私の家はここですが?」
弟達の邪魔をするつもりはない。
小姑だけど理沙さんをイビる気はないしキャンディちゃんのお世話だって手伝うつもりだ。
木戸さんの危惧することは何もないと説明すれば、木戸さんは無言で私を担ぎ上げると、
「クソガキ。両親がいないから唯一の身内であるお前に言うぞ。麻衣をくれ。返事はOKしか受け付けない」
「勿論オッケーです。ねーちゃんぼんやりしてるけど意外に頑固だから。押せ押せじゃないとたぶん無理ですよ」
「知ってる。鋼鉄をぶち壊す気で頑張るさ。じゃあな」
まさかの身内の裏切り、拉致容認発言だ。
我が家の滞在時間1時間ほどで、そのまま木戸さん宅にとんぼ返りとなっていた。
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