溶けてドロドロ ( 木戸さん編 )

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溶けてドロドロ ( 木戸さん編 )

「家に帰ります」 なんというパワーワードだろう。 分かりやすいぐらい好意を示していたはずなのに、伝わるどころかまるで拒絶するかのようだ。 暴力じみたその言葉は俺の心を木っ端に粉砕する威力があった。 殴られたわけでもないのにめちゃくちゃ痛い。 キャンディを引き合いに出して引き止めたけど、有耶無耶になったままこの話しは終わってしまった。 蒸し返されたくない。 麻衣と離れたくない。 そんな身勝手な思いで話し合う隙を一方的に遮断した俺は、先延ばしにしていたバカ者どもの捕獲に動き出した。 随分前から理沙とクソガキの居場所は掴んでいる。キャンディが俺と麻衣を繋げている事実と、麻衣の気持ちがこちらに向くまではまだいいか、と泳がせていたが。 家に帰りたいと言われた今、泳がせておく意味がなくなった。 「よぅ、理沙。家出ごっこは楽しかったか?」 仲良く手を繋ぎ知人宅に帰る途中の2人を引っ捕まえ、無理やり車に押し込める。 理沙は蒼白。 滲み出る怒りをちゃんと理解しているらしい。 クソガキは暴れたので手加減なしに小突き回して大人しくさせると、麻衣の家までかっ飛ばし問答無用で連れ帰って来た。 「そこに座れ」 怯える2人をよれよれ座布団に正座させる。 俺はその前で威圧するよう見下ろしていた。 鍵は扉の修理が終わった時点で俺が持っている。人様の家に勝手に上がるのはよくないが、家の持ち主の弟がいるから許されるだろう。 「おいクソガキ、お前は本来俺が鉄拳制裁を食らわすところだが、俺より相応しい相手がいるから今は見逃してやる」 「しゃ、借金取りには黙ってて欲しい!」 「心配すんな。お前の借金はなくなった。ああでも元本の30万は俺が立て替えたからちゃんと返せよ。安心しろ。働き場所は提供してやる。万が一トンズラしようものならこんな穏便に済ませるつもりはないからよく考えて行動するんだな」 次に理沙、と言えばガタガタ震えて泣き出した。泣き落としが通じると思ったら大間違いだ。 「兄ちゃんはそんなに頼りにならなかったか? ん? 書置き一つで家を出て子供まで産んでたなんてな。何の相談もなく事実を知った兄ちゃんは理沙にとって取るに足らない存在だったのか?」 「……違っ、ご、ごめんなさい」 「謝る相手がもう1人いる事は理解してるな?」 「……はい」 「宜しい。その謝罪が済めば兄ちゃんがうんと可愛がってやるから楽しみに待ってろ」 まだまだ2人には言いたい事が山ほどあるが、それよりも重要なことに頭がいっぱいで、俺が戻るまでこの家で大人しくしてろと言い聞かし、またまた車をかっ飛ばして贈り物と貢ぎ物を手に急いで麻衣の元に戻る。 凍てつく心はすっかりドロドロ。 氷のかけらすら残されてない。 期待以上の成果に泣きたくなるほどだ。 同僚からは、やっと恋が出来るようになったんだなって笑われたけど、笑い事じゃないぐらい狼狽えている。 仲直りしたい。 許して欲しい。 土下座なんて初めての体験だ。 こちらの神妙な思いをあっさり呑気に受け入れられれば、安堵でタガが外れてしまった。 決定的な言葉はまだ口にしない。 全部片付くまで言いたくない。 俺や麻衣に纏わりつくしがらみや色んなものが消えた時、初めて一対一で向き合える関係になった時。 そう、明日が過ぎれば。 俺を麻衣の唯一にしてくれる? いっぱい甘やかすから。  凛としたところも勿論好ましいけど、俺がいないとダメになるぐらいデロデロにしてやりたいし、なって欲しいんだ。 なぁ、俺と家族になろうよ。 偽物じゃなく本物の家族に。
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