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ママとドードー
「麻衣ー、キャンディを頼む」
「はいはーい」
お風呂場から聞こえる木戸さんの声。
最初の頃は怖々だったのに、今じゃ立派に一人でキャンディちゃんのお世話をしている。
上半身裸の木戸さんからピンクに色付くぷくぷくほっぺなキャンディちゃんを受け取った。
可愛い。
食べてしまいたい。
自分の娘じゃないのに母性本能が凄まじい。
好意云々は置いといたとしても、若い男の裸に全く動じない心境に、早くも女として枯れたのではないかと思う今日この頃。
キャンディちゃんの繊細なお肌を拭きながら、小さなお口をモゴモゴ動かす様子を楽しむ。
「ふふ。キャンディちゃん、気持ち悪いところはないでちゅかー、ないならベビーオイルを塗り塗りちまちゅよー」
湯冷めしないよう手早くしながら、習ったわけでもないのに赤ちゃん言葉が口から溢れる不思議。
まだ聞いたことはないけれど、接する機会が増えた木戸さんだって、もしかしたらこっそり言っているかもしれない。
想像したら吹き出しそうになった。
「何をニヤついてるんだ」
「もう出たんですか。ちゃんと洗いました?」
暑がりの木戸さんは、風呂上がりはいつも腰にバスタオルを巻いて出て来る。
自分の家だから注文をつける気はないが、バスタオルの中身は木戸さんの木戸さんが無防備にぶらぶらしているはずだ。
例え見えたとしても何とも思わないが、木戸さん自身は恥ずかしくないのかな。
「洗ったさ」
「耳の裏もですか?」
「やったやった。つーか麻衣のソレは無意識なのか。まるで母親みたいだぞ」
「みたいじゃなくて今は擬似母親なんで」
「俺まで麻衣の子供扱いだな」
「なるほど! そうかもしれません。木戸さんにときめかない理由はそれだったんですね」
謎が解けた。
私が枯れたんじゃなかったらしい。
ぽっこりお腹やへなちょこの肉体ならいざ知らず、木戸さんは程よい筋肉質の細マッチョ。
女性の憧れが詰め込まれた肉体は私だって好きな体型だ。
なのに、うんともすんとも高鳴らない鼓動。
今思い出したけど、弟なんて風呂上がりは裸族だった。見えるかもじゃなくてモロ出し上等だ。少年期しか知らないが筋肉もあった記憶がある。自分の家族の裸にキュンキュンしないのと一緒の感性だったのか。
なーんだ、安心した。
「……麻衣、お前男いたことないだろう」
「あ、分かります?」
「ああ。それに、好きな相手すらいなかったんじゃないのか」
「おお!凄い!正解です!」
「だろうな」
納得されちゃうんだ。
え、もしや私、枯れてる以前の問題ってこと?
芽生える種すらなかったの?
呆れたような木戸さんの表情を見れば安心している場合じゃなかったらしい。
キャンディちゃんにすらメロメロ状態なのに。
将来自分の子供と対面したらどうなるか、なんてウキウキ気分で考えていたが、子供と会える前に夫が出来ない可能性に気付いてしまった。
そうなると一層キャンディちゃんが愛おしくなる。頬を寄せてスリスリする私の耳に慰めるかのような声がした。
「あーあーまーまー」
「!」
ガバっと顔を上げてキャンディちゃんのおちょぼ口を目をかっ開いて見つめる。
「あーーまーまーまー」
「……聞きましたか木戸さん! 今キャンディちゃんが私をママと呼びましたよ!」
「気のせいだろ」
「まーまー」
「ほら! 言ってますよ木戸さん!」
必死で訴えてみるも木戸さんは懐疑的なご様子。もう!耳が悪いんですか木戸さん!!
よく聞いて! とばかりにキャンディちゃんを抱き上げ木戸さんに差し出せば、
「うーうードードー」
と、笑顔のキャンディちゃんが木戸さんを父と認識するような言葉を喋ったのだ。
うちの子 ( 違います笑 ) 天才か!
興奮する私とは裏腹に「たぶん俺らが呼び合う麻衣と木戸って単語を口にしただけだ」なんて、夢のない事を冷静に返してくる。
私もドードーをトートー、つまり父さんと言った! と言うには無理があると分かっているが……麻衣である私はこじつけなんかじゃない。
まーまーはママ呼びだ!!
絶対に!!
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