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本音の独白
このままじゃいけない。
それはちゃんと理解している。
しかし、キャンディちゃんが私をママと呼ぶ ( 気のせい ) たび、現実から目を背ける自分がいるのだ。
この子のママは別にいる。
私は一時の保護者に過ぎない。
でも。
だけど。
確かに私は誰も好きになったことがない。
異性という括りで言うなら木戸さんどころか誰にもときめいた事がないだろう。
父は母と結婚したのに家出した。
母を選んだくせに逃げ出したのだ。
母は父と結婚したのに父を信じなかった。
それは父を選んだ自分の心でさえも疑ったも同然なのだ。
誰しも逃げる前提で結婚はしない。
疑心のある相手を生涯の伴侶としないように。
愛はいつか壊れる。
すり減る。
消えていく。
両親から学んだことは、忘れたくても忘れられない強固な記憶となって私の奥底にへばり付き、離れない。
結婚願望はなかった。
そんな未来を想像することもなかった。
無垢な赤子の力を知る前までは。
穢れなき綺麗な瞳。
誰かが庇護しなければ生きられないか弱さ。
全力で縋り付く小さな手に嘘はない。
それがとても尊く、また泣けるほど愛おしい。
多くの女性が子供を欲しがる気持ちが分かる。
私も欲しくなっていた。
キャンディちゃんと離れ難いほどに。
木戸さんが仕事の合間に弟と理沙さんの行方を探しているのは知っている。
未成年同士だし、チンピラに騙される迂闊さもあるし、身の危険はないか、ちゃんと食べてるのか、心配は尽きない。
キャンディちゃんにとっても本当の家族と引き離された状態より、一緒に暮らす方がいいに決まってる。
分かっている。
ちゃんと分かっているけれど。
どこかで弟や理沙さんがキャンディちゃんを捨てたと思う気持ちがあった。
生きていれば気持ちも変わるだろう。
上手くいかないこともあるだろう。
だけど。
途中で放棄するなら最初から結婚も出産もするなと言いたい。
相手を選ぶのも産み出すのも、その人の命を背負うってことだから。
両親には覚悟がなかった。
守り抜けなかった。
互いも、子供だった私達も。
安易に逃げれた両親はいい。
逃げ場さえなく残された子供は、私は、頑張るしか道がなかったのだ。
弟と理沙さんを両親に重ね合わせている自覚はある。
キャンディちゃんを当時の自分に投影している自覚もあった。
私は、私は、私は怒っているのかもしれない。
ずっとずっと怒りを溜め込んでいて、それが急激な日常の変化とともに表に現れてしまったように思う。
だって、気張っていない日は一日もなかったのに、ここに来てからはキャンディちゃんに付きっきりで、慣れたら楽しくて、木戸さんがいても苦にならなくて、自然体で過ごせている。
初めて肩の力が抜けた開放感があった。
「明日、出かけようか」
「なに、突然」
「別に突然でもない。前から考えていた」
「ふーーん、どこに行くの」
「子連れの夫婦らしく動物園とか?」
「夫婦じゃないけどね」
「似たようなもんだろ」
似て非なる者、だけど。
「私、家族でどこかに行ったことないの」
「俺もない。偽物でも家族は家族だ。麻衣風に言えばキャンディが認めたんだ。三人で初体験するのはどう?」
「ふふ。ドードーの提案に賛成」
あんな事言ってたけど、案外木戸さんもドードー呼びを気に入ってるじゃないか。
擬似パパを楽しんでいる。
意外にも子煩悩で世話焼き。
妹さんを育てたのも今なら素直に頷ける。
「キャンディーー、明日はいっぱい遊ぼうな」
我が家の扉をぶち壊した衝撃は忘れていないけど、不名誉なあだ名の悪党は返上していいかもしれない。
筋肉質だが安定感のある木戸さんの抱っこはキャンディちゃんのお気に入り。
きゃっきゃっきゃっきゃっと嬉しそうだ。
はしゃぐキャンディちゃんに目を細める木戸さん。
この分じゃ彼の口から赤ちゃん言葉が出る日も近いだろう。
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