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初めての共同作業
「ほらほらキャンディちゃんお猿さんだよー、いっぱいいるねー、可愛いいねー」
擬似山を表現した柵の中で遊び回る子猿と、のんびり寛ぎながらもそれを見守る親猿達。
木戸さんに抱っこされたキャンディちゃんは、私の実況を聞きながら猿に興味津々の様子。
見るのは初めてなのか。
まん丸なお目々を爛々に輝かせている。
「まー、ドードー、ドードー」
「そうだねー、ドードーがいるねー」
キャンディちゃんはやはり聡い。
盛り上がった小山のてっぺんで、媚を売る猿達を侍らす尊大な一匹の猿に向かって、ドードードードーと一生懸命私に訴えてくる。
「キャンディ……それは猿だぞ」
ドードーはこっちだと、猿から目線を逸らそうと木戸さんが必死でキャンディちゃんに語りかけるけど、キャンディちゃんは無視。
赤子はエスパーか。
ボス猿をドードーと名指しするあたり木戸さんの本性を見抜いているのだろう。
「……次行くぞ」
あ、諦めた。
スタスタと歩き出し、猿よりキリンの方がカッコいいぞー、と強制的に場所変更だ。
「思ったより大きいですね」
「そうだな……」
残念なことにキリンに近付けば近付くほど、キャンディちゃんのぷにぷにほっぺが引き攣っていく。大きい動物はまだ早かったらしい。
「次はコアラなんてどうです?」
「いいんじゃないか。猿より横に大きいけどキリンより小さいからイケるだろう」
赤子や子供は動物好きだと勝手に思っていた私達。浅はかだった。動物園侮れない。
キャンディちゃんの趣向に添えるよう意見交換しながら、どうにか泣かせないミッションを二人でクリアした。
「子供に教えられることってあるんですね」
楽しませるはずが、あわや大惨事を逃れた私達は、初めての共同作業を見事成功させた達成感を、持参したお弁当とともにしみじみ噛み締める。
「育てながら親になっていくってことだな」
ベビーカーで昼寝中のキャンディちゃんは、軽い離乳食とミルクを飲んだらぐずることもなく、あっさり木戸さんの抱っこから離れてくれた。
沢山の視覚情報と満腹なお腹は、大好きな安定感のある温もりより眠気が勝ったらしい。
「私はどうだったんだろう」
「なにが?」
ちょっぴり塩気の多いおにぎりにがっつく木戸さんは、食事に夢中と思いきや思わずポロッと漏れた私の呟きを拾ってくれた。
聞かれたら答えないわけにもいかないけれど、上手く説明するのが難しい。
「キャンディちゃんのように両親に教えてあげれたのかなって……」
言葉にしたら、より明確になった気がする。
私は父にも母にも何かを言ったりしたりしなかった。
頭を撫でて、話を聞いて、優しく抱きしめて。
言いたい事は全部胸の中にしまって言わずに飲み込んでいた。
だって父は仕事から帰って来たら母の終わらない堂々巡りの話しに付き合わされる。
私に構う時間なんてない。
酷い時は夜中や朝方まで言い争いが続き、布団を被ってひたすら耐えるしかなかった。
母は家事はするけれど母の目に私は映らない。
弟が産まれたらそれはより顕著になって、虐待まではいかないにしても最低限のことしかしてくれず、愛情を感じたことはなかった。
子供は学習する。
親の振る舞いを見て、状況を見て、喋りかけていいのか、甘えが許されるのか、ということをいつもいつも測っている。
測らずに、心のまま口にしたらよかったのだろうか。キャンディちゃんのように態度で示してもよかったのだろうか。
「物心つく前は教えていただろ。なにしろ赤子はそれをしないと生きていけないからな」
「じゃあ、私が教えなくなっちゃったんだ」
喋れない赤子が生き抜く術として生まれ持った戦略で周囲を動かしているのなら、赤子を卒業して口を噤んだのは私の判断ということだ。
「そうじゃない。子供が安心して話せる環境を作らなかった親の責任だ。教えなくなったじゃなく、言葉を封じられたが正解だ」
「え、そうなの?」
「そうだ。だから麻衣は自分を責めなくていいし自分のキャパ以上なことを頑張らなくていい」
木戸さんの目が優しい。
キャンディちゃんを見る時の目になっている。
私は歳下だけど赤ちゃんじゃない。
キャパ以上でも誰にも頼れないんだから頑張るしか道がないじゃないか。
「俺がいる。少なくとも今はそうだろ? 悪党はちょっとやそっとの事じゃヘタレない。だからもっと頼っていいし甘えてくれ」
「……悪党に甘えたら大変なことになりそう」
自分に向けられる優しさに慣れてない。
嬉しかったのに、それを誤魔化すような事しか言えなかった。
木戸さんは私の複雑な心境をお見通しのようで「だったら勝手に甘やかす!」と笑っていた。
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