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悪党が甘党に
他人の家に居着いて家事をして、他人と一緒に食卓を囲み偽物家族として過ごす日々に、多大なる変化が起きてしまった。
「麻衣、いつもありがとな」
それは相方である木戸さんが、何かにつけて私の頭を撫でてくるのだ。
夕食が美味しかったから。
掃除洗濯を毎日してくれるから。
キャンディちゃんのお世話をしてるから。
果ては、撫でたい気分だからと言って。
たぶんだけど、木戸さんはいなくなった理沙さんの代わりとして私を扱う事にしたんだと思う。
歳下だし。
自分の家にいるし。
女だし。
少々無理があるけど理沙さんの代用品じゃなければ、ただの他人がただの他人をこんなに撫でくり回さないだろう。
一年間の寂しさが爆発したのかな。
私も父や母や弟が居なくなった最初の年は、それぞれがもう家に居ない現実に馴染むのに苦労したものだ。
それを思えば無闇に拒否する事は憚れる。
別に嫌じゃないし。
「なるほど。自分の感情だけじゃなく人からの感情にも疎いのか」
「何の話しです?」
「肝が据わってると思ってたんだよ」
「木戸さんは据わってるどころじゃないと思いますけど」
「俺の話しじゃない」
それと時々、唐突に意味の分からないことを口にして、妙に考え込む日が増えていた。
代用品が不良品だと気付いたのか、不良品と分かりながら代用せざるを得ないほど心が病んでしまったのか。
そろそろ、色んな事をはっきりさせた方がいいのかもしれない。
「木戸さん、玄関扉の修理はもう終わりましたよね」
「ん、ああ。綺麗に直してあるよ」
「では、私は自分の家に戻ります」
「ダメだ。危ないだろう」
「あれから結構経ちました。チンピラ以上のヤバい奴が叩き出したし来る可能性は少ないかと」
「キャンディはどうするんだ」
「勿論連れて帰ります」
「ダメだダメだダメだ!キャンディは俺の妹の子だぞ。俺にも世話する義務がある!」
「でも、弟に託されたのは私だし……失礼ですけど木戸さんと妹さんは血の繋がりも、」
「なくても妹だ!夫婦だって初めは他人同士だ! 血なんて関係ねぇよ!」
木戸さんの荒げる声にキャンディちゃんが泣き出してしまった。
慌てて抱き上げ一旦話は終了したけれど、私の為にもこの件は有耶無耶にしていい事じゃない。
木戸さんがキャンディちゃんと離れまいと怒る気持ちは分かるけど、キャンディちゃんを置いて一人で帰る選択など私にはなかった。
んーーー、どうしたものか。
あれから木戸さんは私を避けている。
キャンディちゃん繋がりなら話すけど、違う事を私が話そうとしたら部屋を出て行く始末。
悩むこと数日。
こうなったら木戸さんが仕事に出た隙に内緒で帰ってしまおう、と決めた夜。
「避けてごめん。怒鳴ってごめん。悪かった」
花束とケーキと土下座の三連発を食らった。
「贈り物と甘い物と誠意の土下座は仲直りの必須だと同僚に聞いたんだが……」
ちらりと上目遣いで伺う木戸さん。
まだ立つ気はないようだけど立ってくれなきゃ落ち着かない。許してくれるまで立たんと意固地に言うから仕方ない。
「えっと、私達は喧嘩してたんでしょうか」
「した。と言うか俺が一方的に怒ったな。後の態度も最悪だし……反省してる」
「そうでしたか。あ、花とケーキありがとうございます。食後に一緒に食べましょう」
贈り物を貰うついでに座り込む木戸さんの腕に触れた。立ってという意味だったのに、なぜかその腕は私の腰に回って勢いよく私ごと立ち上がる。
所轄、立て抱っこ。
なぜ?
固まる私に木戸さんは満面の笑みだ。
「さすが長年連れ添った相手がいる同僚の意見は的確だな。その同僚曰く仲直りした後のスキンシップは仲良しの秘訣だそうだ」
「……だから抱っこですか」
「夫婦は仲良くした方がいいだろう?」
「いいですけど、あの、降ろして下さ」
「そうそう。まだ大事な話しがあったんだ。家に帰りたいって言ってたよな。いいよ。俺も行く事にしたから。まぁこれも同僚の受け入りなんだけどな。妻の願いを叶えれば夫婦は円満なんだそうだ」
キメ顔で言い切る木戸さんには悪いけど。
訂正箇所がちょいちょいありますよ、と私が言う前に、抱っこから高い高いに変更され悲鳴しか出なかった。
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