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目と耳の違う情報 ( 木戸さん編 )
目当ての人物がいない鬱憤をたまたまいた先客にぶつけて追い出した後、クソガキの姉が平然とした様子で俺を部屋に上げた。
住まいをぶち壊した俺に何か言うことはないのか。言われても困るのに、妙に落ち着き払った態度が無言の責めに感じて居心地が悪くなる。
そう言えば、見た目がイカついスキンヘッドのチンピラにも動じてなかったな。
若いのに肝の据わった女……映画で見た大女優演じる極妻の映像が女にすり替わる。
「こちらにどうぞ。先程のような音は立てずにお願いします」
広いとは言えない六畳間。
年季の入った所々剥げたテーブルと弾力性皆無な座布団に腰を落とす。
座布団の下は井草の香りが消えた白い畳。
時代を感じる。
お盆に乗せた湯呑みを持って来た女は、そこに急須で入れた温かいお茶を差し出してきた。
「少しだけ待って下さいね」
この後、煎餅が出て来ても驚かないぞと思っていたら、何重にも巻いたタオルに包まれた赤子が女の腕の中で、ほにゃほにゃ小さな手足を動かしていた。
「弟の子供です。それでは詳細をご説明させて頂きますね」
テキパキと簡易ベビーベッドを作ると湯呑みのお茶を一気飲んだ。
そして一切の澱みなくぺらぺら淡々と何の感情も交えず語り出す。
聞いてて胸が苦しくなった。
お互い親に苦労したんだな。
弟を守る為に頑張っていたんだな。
なのにその弟は薄情にも五年間も音信不通だなんて……でも帰って来たのか、そうかそうか良かったな。
聞きながら心の中で相槌を打つ。
言葉が出ないのは、赤子に意識も両目も奪われているからだ。
けれど話しが進むにつれあまりの内容に意識が女に傾いていく。
ようやく赤子の衝撃から現実に戻った時は、沸騰しそうなほどの怒りで目が燃えそうだった。
クソガキの五年前は12じゃねぇか。
小学校を卒業したかしないかの鼻垂れ小僧が家出して姉に莫大な借金を押し付ける為に帰って来ただと?!
育てて貰った感謝の気持ちはないのか!
なんでそんな仕打ちが出来るんだ!
しかも恐ろしい事に、そんなドクズに成長した男が俺の可愛可愛い理沙を孕まし赤子を置いて雲隠れとはいい度胸じゃねぇか。
見つけたらその腐りきった性根をへし折ってや、いや待て。待て待て待て。
理沙も理沙だ。
不良少年に傾倒したバカ娘だ。
様子がおかしかったのは妊娠していたからで、気付かなかった俺も悪いが相談もなしに結婚云々の書き置き一つで出て行くことはなかっただろう。
ドクズに毒されたのか愛人とトンズラした父の血が暴れたのか真相は不明だが、理沙も見つけ次第お仕置き確定だからな!
燃え上がる怒りの焔で身体中がかっかかっかと熱い。今すぐ2人を捕まえに行きたいが、清浄な水のように凛とする女と赤子をどうにかするのが先だ。
ここには置けない。
時代を感じる家は俺がドアを半壊したことで住めたものじゃないし、修理をしてもセキュリティーに不安が残る。
追い出したチンピラだって、またいつ難癖をつけに戻るか分からない。
せめて戻らぬよう根本を叩き潰してからじゃないと安心出来なかった。
「俺の家に来い」
彼女すら上げなかった家に呼ぶ事に躊躇はなかった。彼女達は勘違いしている。理沙がいるから家に入れないと思っているが実際はそうじゃない。俺が俺のテリトリーに入って欲しくなかったんだ。
両親が両親だ。
出たり入ったり消えたり戻ったり。
そういうのはもう勘弁だった。
俺の家は俺が認めた奴しか入れない。
入っていいと思えた女しか入れたくない。
女は、麻衣は合格だ。
芯が違う。
覚悟が違う。
壮絶な生き方なのに悲壮感が少しもないのも珍しい。
性格といえばそうかもしれないが、隙や甘えのない堂々たる姿が好ましく思えた。
この女なら、麻衣ならば、俺の凍てついた心を溶かしてくれるだろうか。
少しの願いと期待を胸に秘め、新しく始まる生活に思いを馳せた。
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