きっと君を殺すから。

1/1
前へ
/1ページ
次へ
私の名前は“ない”。 そう。ない。 ないから、ない。 本業殺し屋だ。 だから、ない。 殺し屋に名前はいらない。 今のターゲットはとても手こずっている。 ターゲット名『福島聡』。 メイクの商売をしている会社の幹部だ。 社員からの信頼も厚く、笑顔がチャームポイントの彼。 私は会社へ就職し、彼の命を狙う。 〜一日目〜 「本日からこの会社で皆様とご一緒に仕事をさせていただきます。山田咲と申します。よろしくお願いします。」 山田咲。 これは私のニックネームだ。 この会社でのニックネーム。 パチパチと拍手がなり、私は社長に席へ案内された。 隣の席はもちろんターゲット。 そういうふうに上でいろいろ細工してあるのだ。 「よろしくね。俺、福島聡。わからないこととかあったら気軽に聞いて。」 「はい。ありがとうございます。」 汚い机。 積み重ねられた書類。 充電器の刺したままのノートパソコン。 さては此奴、ズボラだな。 きっちりしてそうに見えるものの、案外抜けたとこあるんだな。  「うわぁ。」 仕事中は何度もこんな声が隣から聞こえる。 「コーヒーこぼした」とか、「シャー芯折れた」とか、しょうもないことで。 私はその度に暗殺を試みる。 コーヒーをこぼしたときは、ハンカチで服を拭いてやるフリをして、小さな毒針を刺そうと思った。 しかし、毒針がターゲットのコーヒーのマグカップに入ってしまい、これは失敗。 次コーヒーを飲めば……と思ったものの、マグカップを洗いに行き、煮沸消毒したらしい。 結局ズボラか潔癖かわからない。 その日一日、ターゲットのヘマに付き合わされ、暗殺はできなかった。 「山田さん、今日はお疲れさまでした!明日からも頑張りましょうね。」 帰り際、ターゲットは私に向かってそう言った。 「はい」とだけ返して今日は帰った。  私はそのとき、ターゲットの笑顔をみて、心がキュッとなった。 なんだろう。この気持ちは。 〜二日目〜 この日もターゲットは激しかった。 仕事なんて本当にできているのか、というほどに色々仕出かした。 「へへへ、俺、ちょっとドジで。」 ちょっとの単位感覚バグってるんじゃいか? 私はターゲットのヘマを見るのが、少し楽しかった。 なぜか、元気づけられるのだ。 だって、何をやらかしてもずっと笑顔で「へへ、やっちゃった。」って笑うターゲットが、輝いて見えたから。 でも、輝いて見えると同時にまた昨日のように心がキュッとなる。 「あ、」 私は手元を見た。 カッターナイフを使う作業で、少し手を切ってしまったのだ。 人差し指から流れる少量の血。 私は近くにあったティッシュを取ろうと手を伸ばした。 しかし、その時にはもう私の人差し指にはティッシュが押さえられていた。 隣から、ターゲットが私の指を止血していた。 「傷が残らないといいけどなぁ。」 残るわけ無いだろう。こんな浅い傷で。 私はただ呆然とそれを見つめた。 あぁ、この傷と同じように、私のこの胸の締め付けも治してくれたらいいのに。 …違うか。 ターゲットが、この胸の締め付けを作った張本人。 治せるわけがない。 〜三日目〜 私は風邪を引いた。 唐突に。 職場で倒れ、職場の休憩所のソファーで寝ている。 隣には、パイプ椅子に座ってウトウト眠りにつくターゲットが。 ……これは、チャンスだ。 今なら殺せる。 今なら、任務を遂行できる。 私はそう思い、直ぐ様毒針をとりだした。 「悪く思うな。」 私はそうつぶやくと、ターゲットに向けてそれを突き刺した。 ……、はずだった。 でも、私は今、またもやソファーに横たわっている。 先程、刺そうとして起き上がったのに。 目と前にはターゲットがいる。 私の腕はターゲットに抑えつけられている。 「ねぇ、俺を殺すんだよね?」 そう、聞かれた。 私は答えたくなかった。 殺したくなんて、ないんだ。 言わせるな。 でも、殺さなきゃいけないんだ。 「殺す。」 「殺したいの?」 ……言わせるな。 「ねぇってば!!」 ターゲットは私を揺さぶり、涙をこぼした。 「俺は、……君と過ごしたこの三日間、とても楽しかったのに…。」 ポタポタと私の頬にターゲットの涙が落ちる。 私は毒針を床に落とした。 殺せない。殺したくない。 このターゲットは、殺せない。 「でも、任務なんだ。…これが、仕事なんだ。」 ターゲットに言っているわけではなく、これは自分言い聞かせているだけ。 そう。独り言。 「でも……殺せない。」 他の人なら安易に殺せた。 何人この手で命を奪っただろう。 もう、慣れたはずだろう。 なのになぜ殺せない? 私は…… ____きっと、恋の病にかかってしまったんだ。 「…きっと、殺してみせる。お前を、…福島聡を。きっと殺す。そう。そのときは……」 私は言おうとしたが、口を人差し指で塞がれた。 「君が俺を殺すときは、白いドレスで飾ろう。そう…。教会へ行って。俺は白いタキシードで。」 〜完結〜
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加