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私の名前は“ない”。
そう。ない。
ないから、ない。
本業殺し屋だ。
だから、ない。
殺し屋に名前はいらない。
今のターゲットはとても手こずっている。
ターゲット名『福島聡』。
メイクの商売をしている会社の幹部だ。
社員からの信頼も厚く、笑顔がチャームポイントの彼。
私は会社へ就職し、彼の命を狙う。
〜一日目〜
「本日からこの会社で皆様とご一緒に仕事をさせていただきます。山田咲と申します。よろしくお願いします。」
山田咲。
これは私のニックネームだ。
この会社でのニックネーム。
パチパチと拍手がなり、私は社長に席へ案内された。
隣の席はもちろんターゲット。
そういうふうに上でいろいろ細工してあるのだ。
「よろしくね。俺、福島聡。わからないこととかあったら気軽に聞いて。」
「はい。ありがとうございます。」
汚い机。
積み重ねられた書類。
充電器の刺したままのノートパソコン。
さては此奴、ズボラだな。
きっちりしてそうに見えるものの、案外抜けたとこあるんだな。
「うわぁ。」
仕事中は何度もこんな声が隣から聞こえる。
「コーヒーこぼした」とか、「シャー芯折れた」とか、しょうもないことで。
私はその度に暗殺を試みる。
コーヒーをこぼしたときは、ハンカチで服を拭いてやるフリをして、小さな毒針を刺そうと思った。
しかし、毒針がターゲットのコーヒーのマグカップに入ってしまい、これは失敗。
次コーヒーを飲めば……と思ったものの、マグカップを洗いに行き、煮沸消毒したらしい。
結局ズボラか潔癖かわからない。
その日一日、ターゲットのヘマに付き合わされ、暗殺はできなかった。
「山田さん、今日はお疲れさまでした!明日からも頑張りましょうね。」
帰り際、ターゲットは私に向かってそう言った。
「はい」とだけ返して今日は帰った。
私はそのとき、ターゲットの笑顔をみて、心がキュッとなった。
なんだろう。この気持ちは。
〜二日目〜
この日もターゲットは激しかった。
仕事なんて本当にできているのか、というほどに色々仕出かした。
「へへへ、俺、ちょっとドジで。」
ちょっとの単位感覚バグってるんじゃいか?
私はターゲットのヘマを見るのが、少し楽しかった。
なぜか、元気づけられるのだ。
だって、何をやらかしてもずっと笑顔で「へへ、やっちゃった。」って笑うターゲットが、輝いて見えたから。
でも、輝いて見えると同時にまた昨日のように心がキュッとなる。
「あ、」
私は手元を見た。
カッターナイフを使う作業で、少し手を切ってしまったのだ。
人差し指から流れる少量の血。
私は近くにあったティッシュを取ろうと手を伸ばした。
しかし、その時にはもう私の人差し指にはティッシュが押さえられていた。
隣から、ターゲットが私の指を止血していた。
「傷が残らないといいけどなぁ。」
残るわけ無いだろう。こんな浅い傷で。
私はただ呆然とそれを見つめた。
あぁ、この傷と同じように、私のこの胸の締め付けも治してくれたらいいのに。
…違うか。
ターゲットが、この胸の締め付けを作った張本人。
治せるわけがない。
〜三日目〜
私は風邪を引いた。
唐突に。
職場で倒れ、職場の休憩所のソファーで寝ている。
隣には、パイプ椅子に座ってウトウト眠りにつくターゲットが。
……これは、チャンスだ。
今なら殺せる。
今なら、任務を遂行できる。
私はそう思い、直ぐ様毒針をとりだした。
「悪く思うな。」
私はそうつぶやくと、ターゲットに向けてそれを突き刺した。
……、はずだった。
でも、私は今、またもやソファーに横たわっている。
先程、刺そうとして起き上がったのに。
目と前にはターゲットがいる。
私の腕はターゲットに抑えつけられている。
「ねぇ、俺を殺すんだよね?」
そう、聞かれた。
私は答えたくなかった。
殺したくなんて、ないんだ。
言わせるな。
でも、殺さなきゃいけないんだ。
「殺す。」
「殺したいの?」
……言わせるな。
「ねぇってば!!」
ターゲットは私を揺さぶり、涙をこぼした。
「俺は、……君と過ごしたこの三日間、とても楽しかったのに…。」
ポタポタと私の頬にターゲットの涙が落ちる。
私は毒針を床に落とした。
殺せない。殺したくない。
このターゲットは、殺せない。
「でも、任務なんだ。…これが、仕事なんだ。」
ターゲットに言っているわけではなく、これは自分言い聞かせているだけ。
そう。独り言。
「でも……殺せない。」
他の人なら安易に殺せた。
何人この手で命を奪っただろう。
もう、慣れたはずだろう。
なのになぜ殺せない?
私は……
____きっと、恋の病にかかってしまったんだ。
「…きっと、殺してみせる。お前を、…福島聡を。きっと殺す。そう。そのときは……」
私は言おうとしたが、口を人差し指で塞がれた。
「君が俺を殺すときは、白いドレスで飾ろう。そう…。教会へ行って。俺は白いタキシードで。」
〜完結〜
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