第三章:見えない送り主

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 「被害者遺族の住む地域から手紙が投函さ れたことはわかったけど、だからといって、 一市民の僕たちが手紙を手に遺族の元を訪ね ることは出来ないと思うんだ。だから、マサ の力を借りようと思う」  「……マサ?」  「そう。この間話した親友の木林誠道。 彼は刑事なんだ」  その言葉に彼女は目を見開く。  そして腕の中から体を起こした。  「こんな手紙が届いたくらいで刑事さんに 相談して、ご迷惑じゃないでしょうか?」  「迷惑だなんて、そんなこと思うヤツじゃ ないよ。『小さな出来事が大きな事件に繋が るのを防ぐのも刑事の仕事だ』っていつも言 ってるし。こう言っちゃなんだけど、僕より もずっと頼りになると思う。だからその手紙、 僕に預けてくれるかな?何か進展があったら すぐに報告する」  ほぅ、と息をつき、彼女がこくりと頷く。  その顔を見つめ、知らず口角を上げた僕は、 彼女への想いがすでに支援者と相談者の壁を 越えていることに、まだ気付いていなかった。  僕は彼女から手紙を預かると、その日のう ちにマサに連絡を入れたのだった。  数日後、仕事を終えると、僕はその足で 夜カフェ「MISAKI」に向かった。  路地の一角にある地下へと続く階段を下り、 歳月を感じる木の扉を開ける。すると、軽快 なベルの音と共に、柔らかな声が僕を迎えて くれた。  「いらっしゃい、吾都くん。誠道さんなら、 もう来てるわよ」  カウンターの向こうでカクテルを作ってい たらしいマスターの(みさき)さんが、手を止め笑み を向ける。僕はそのひと言に目を見開くと、 へぇ、と声を漏らしながら店の奥に進んだ。  「めずらしいな、マサの方が早いなんて」  「ホントね。でも相変わらず忙しいみたい。 無精ヒゲは凄いし、げっそりやつれちゃって て可哀そう」  「うわぁ、タイミング悪かったかな」  僕は眉間に深いシワを刻むマサの顔を思い 浮かべ、顔を顰める。メールではそんな素振 りを見せなかったから、きっと気を使ってく れたのだろう。黒のトレンチコートを脱いで 手に掛けると、マスターは細い通路の向こう にある僕たちの『隠れ家』に視線を流した。  「いつもの場所で待ってるわ。誠道さんは ハムとチーズのホットサンドに自家製ジンジ ャーエール。吾都くんは?」  「じゃあ僕もいつもので。フードはマサと 同じものを」  「かしこまりました」  花の咲くような笑みを浮かべ、マスターが 小首を傾げる。長い髪を一本の三つ編みにし、 それを大人かわいく肩から胸に垂らしている この店のマスターは、目を瞠るほどに美しい 容姿をしていても戸籍上の性別は『男性』で ある。いまどき、そんなことはめずらしくも 何ともないのだが、彼がオネエとなった理由 を知る僕はいつも少しだけ胸が痛むのだった。  僕は、カツカツと靴音を鳴らしながら屋根 裏部屋を彷彿させる店内を進むと、店の最奥 にある洞窟のような入り口をくぐった。
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