第三章:見えない送り主

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 藤治さんがぎこちなく頷く。  二人が結婚したことは彼女の両親にさえ知 らされていない。その事実に戸惑いを隠せな いのだろう。よほどのことがない限り犯罪者 との結婚を祝福する親はいない。それを承知 で、彼女は殺人という罪を背負った早川永輝 と結婚したということだ。  「となると……手掛かりになりそうなもの は何もない、ってことか」  ため息交じりに僕がそう呟いた瞬間、ちょ っと待って、と鋭い声が飛んできた。  「この消印、見覚えがあるわ。確か、この 辺りに被害者遺族が住んでいるんじゃないか しら?」  「遺族って、当麻心春さんのですか!?」  意外な事実に僕は声を上げ、身を乗り出す。  隣からも息を呑む気配がして、僕たちは 揃って手紙の消印を覗き込んだ。  「実はね、取材で遺族の元に足を運んだこ とがあるの。その時、取材の段取りで対象者 に取材依頼書を送付したんだけど、頂いたお 返事の封筒にこれと同じ消印が押してあった 記憶があるのよ」  古い記憶を手繰り寄せながら、彼女がそう 口にする。押された消印には、寺院のような 建物と晩鐘が描かれていて、その上には集荷 したであろう郵便局の支店名が記されていた。  「つまり、被害者遺族の住んでいる地域か らこの手紙は投函された、ということですね。 でもそれだけでこの手紙と被害者遺族を関連 付けるのは、ちょっと早合点のような……」  「そうかしら?加害者家族宛に届いた手紙 が被害者遺族の住む地域から投函されていた。 何も関係ないと思う方がわたしは不自然だと 思うけど。それに……」  「それに?」  そこで言葉を途切りなぜか藤治さんの顔を 覗く彼女に、僕もその視線を辿る。気付けば、 藤治さんは何とも言えない複雑な顔で視線を 泳がせていた。  「この辺りは事件が起きる前まで、あなた たち兄妹が住んでいた場所でもあるわよね? この消印を見てすぐに気付かなかった?」  「……それは、もしかしたらそうかも知れ ないと思っていたんですけど。でも、そんな 風にご遺族のことを疑うなんて」  「気付いてたけど言えなかったってことね」  その言葉に力なく頷いた彼女の肩を、僕は 労るようにポンポンと叩いてやる。  この手紙が投函されたのが、被害者遺族の 住む街のどこか。そのことに気付きながらも 別の可能性を探ろうとしたのは、罪の意識を 抱えた彼女なら当然のことかも知れなかった。  「どうやら、手掛かりが見つかったようね」  「はい。僕はどうにもこういったことには 疎くて。まさか消印を押した郵便局が、事件 のあった地域だとは。探偵には向きませんね」  自虐的に言って頭を掻くと、すみれさんは 茶目っ気のある眼差しを向けた。
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