第一章:瞳に宿る影

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 「確かに、あなたやご家族がどんな思いを してきたか、塀の中にいたお父さんが悟るに はそれなりの時間がかかると思います。刑務 所に隔離されると世の中の情報はほとんど シャットアウトされてしまうし、面会や手紙 だけで家族の苦労を想像することは難しい。 だから、刑期を終えて戻ってきたお父さんに 嫌悪感を抱いたり、不安を覚えたりするのは 仕方ないことだと思いますよ」  出所してきた父親を受け入れることが出来 ないという苦しみを肯定すると、男性は頷き ながら嘆息する。  彼、湯川翔(ゆかわかける)の父親は五年前に酒場で喧嘩に なってしまった相手を死亡させ、傷害致死の 罪で四年七カ月の実刑を受け服役していたの だ。けれどその父が出所して家に戻って来た 日、まるで誕生日でも祝うかのように豪華な 食卓を用意した母親と、謝罪の言葉もないま ま食卓につき、服役中の苦労話を始めた父親 と彼は喧嘩になってしまった。  「塀の中にいた父には社会的制裁を受ける 辛さが、まったくわからないんです。父が罪 を犯した瞬間から俺たち家族の人生は百八十 度変わってしまったというのに、父にはその 苦しみが理解できない。父のせいで婚約者に 絶縁され、職場も居づらくなって退職。再就 職しても父の事件を知られれば、また辞めな ければならない。だからいまはバイトを掛け 持ちしながら家計を支えているんです。例え 刑期を終えても事件は終わらない。そのこと を、あの人はわかっているのか、いないのか。 俺は、自分が犯した罪を父がどこまで理解し ているのか、また同じ過ちを繰り返さないか、 考えると毎日不安で仕方ないんです」  複雑な胸の内を吐露する男性に、参加者の 幾人かが頷く。ここに集う誰もが世間の処罰 感情やメディアスクラム(集団的過熱取材) の矢面に立たされる辛さを知っているだろう。  僕はこうした体験談を共有することで簡単 に解決できない問題を相対化させ、心のケア に繋げる場を持てることに意義を感じていた。  僕が所属する支援団体、STAND BY U (通称:SBU)は、犯罪を起こしてしまった 側、つまり加害者家族を支援する団体だ。  SBUの設立から現在に至るまで、歴史に残 る凶悪事件や性犯罪、交通事故など千五百組 以上の家族を支援してきた。  被害者やその遺族ではなく、加害者家族を 支援する団体と聞くと、中には抵抗を感じた り、気分を害したりする人もいるに違いない。  けれど、誰もが『加害者家族』になり得る 現実がある。子どもの非行やいじめ、夫の浮 気は容易に想像できても、家族が犯罪にまで 手を染めるとは誰も思っていない。
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