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そんな『普通の人たち』が、ある日突然、
加害者家族という立場に追いやられてしまう
のだ。そして、加害者家族となった瞬間から
生活は一変してしまう。
僕は誰もが犯罪の『被害者』、『加害者』に
なり得るという観点から、あえて世間の風当
たりが強い加害者側に立つことを選んだSBU
の理事長、貴船宗次郎の存在をネット情報で
知り、迷わず入職したのだった。
一通り話し終えると、湯川翔が頭を下げる。
僕は彼の隣に座る女性に目を向けると、順
番が回ってきたことを告げた。
「では最後になりますが、何でも構いませ
ん。あなたが話したいと思うことを、自由に
話してください」
部屋の中心を囲うように設えたテーブルの
一番端、主催者席の近くに座っている女性を
覗く。少し癖のある漆黒の長い髪で顔を隠す
ように俯いていた女性は、小さく頷くと控え
目な、けれど、澄んだ声で話し始めた。
「わたしの兄は八年前、人を殺めてしまい
ました。当時お付き合いしていた女性を、公
園の展望台から突き落としてしまったんです。
兄は罪を認め、懲役十年の実刑判決を言い渡
されました」
そこで彼女が言葉を途切った時、主催者席
に座る副理事が息を呑んだ気がした。理事長
の娘である、貴船菜乃子だ。彼女の反応を不
思議に思った僕は、さりげなく、手元にある
支援者登録名簿に目を落とす。
彼女の名は、藤治佐奈。二十六歳。
件の事件をきっかけに母方の旧姓を名乗っ
ているのだという。事件を起こしたのは実兄
の西村永輝、当時二十歳。別れ話の縺れから
交際していた女性、当麻心春を展望台から突
き落とし、転落死させてしまった。
事件の背景までは詳しく記されていないが、
事件後、彼女は親戚を頼りながら各地を転々
とし、いまはこの近くに住む祖父の元に身を
寄せていると書かれている。
僕は、ちら、と理事長の隣に座る、菜乃子
さんの顔色を窺う。息を呑んだ気がしたのは
気のせいだったのだろうか。彼女はピンと背
筋を伸ばし、いつもと変わらぬ様子で参加者
の言葉に耳を傾けていた。
僕は気を取り直すと、やはり、話の途中で
口を噤んでしまった彼女の顔を覗いた。
「大丈夫ですか?ここにはあなたを責める
人も、否定する人もいません。それでも話す
のが辛ければ、無理に話をする必要もないん
です。少しでもあなたの気持ちが楽になるな
ら、話を聞かせて欲しい。そういう想いで、
わたしたちはこの会を設けているんですから」
穏やかにそう諭すと、彼女は僕を見て小さ
く首を振った。
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