第一章:瞳に宿る影

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 「すみません。話したくない訳じゃないん です。でも、話して楽になりたいなんて…… そんなこと思ってもいいのかなって思ったら、 急に言葉が出て来なくなってしまって。おか しいですよね。ここまで来ておきながら今更 こんなこと言うなんて」  誰かに辛い心情を打ち明け、楽になること さえ許されない。そう思い込んでいる彼女の 言葉に、他の参加者も苦悶の表情を浮かべる。  被害者や遺族の気持ちを思うと、加害者側 の人間である自分が、辛いとか、苦しいとか 訴えることなんて出来ない。こうした思いは、 ほぼすべての加害者家族が口にする。  家族でありながら犯罪を止められなかった という罪責感は、誰に責められなくても抱え てしまうものなのだろう。  僕は彼女が胸の内に抱える罪の大きさに眉 顰めると、祈るような思いで言った。  「藤治さん、加害者側の人間である自分も 苦しまなければならない。そう思わなければ ならないあなたも、犯罪に巻き込まれた一人 なんです。だから、話したいことがあるなら 少しでも話してくれませんか?あなたの言葉 が同じ想いを抱える他の皆さんの支えになる かも知れない」  僕の言葉に、彼女はぐるりと参加者たちを 見回す。その彼女の背を押すように、労るよ うに、幾人かの参加者が頷いた。  彼女は、ほぅ、と息を吐き胸に手をあてる と、心を決めたように滔々と語り始めた。  「……兄は人の命を奪うという取り返しの つかないことをしてしまいました。だけど、 兄が罪を犯してしまったのはわたしのせいで もあるんです。わたしがあんな風に、兄を追 い詰めてしまったから。だからわたしは、兄 の面会に足を運んだことがありません。兄が どこの刑務所に収監されているのか、知らさ れていないんです。兄はきっとわたしを恨ん でる。だから、会いたくないんだと思います」  逮捕された家族がどこの留置施設や刑務所 にいるかわからない。そんなケースは意外に 多い。警察や弁護士は加害者が家族に連絡し て欲しいと言わなければ何も伝えないからだ。  よって、家族関係があまり良くない場合は、 逮捕された事実すら知らされないこともある。  家族だからといって、優先的に事件や加害 者の情報を与えられるわけではないのだ。  苦し気に目を伏せる彼女に、どんな言葉を 掛けるべきか。僕がしばし思いを巡らせてい ると、彼女はやがて意外なことを口にした。
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