貴女は素敵な逃亡者

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 殺人犯の貴女はバスに大事な書類を忘れてしまった! 身分証明書やパスポート等を偽造するための大切な書類である。そんな重要書類を座席に置いたまま、一体どうしてバスを降りてしまったのか! と責めたくなるが、警察から逃げることに貴女は疲弊していたので、うっかりミスも仕方ないと言えよう。  バス停の横で貴女は思案した。  道路が混んでいる……走れば次の停留所で追いつけるか!?  しかし後ろからパトカーが猛スピードで走ってきたのが気になる。警察は貴女を血眼になって探していた。犯人を追いかけて歩道を疾走する刑事ドラマの登場人物みたいな目立つ真似はしたくない。  計画変更だ。偽造パスポートを使っての海外脱出は諦め、航空機をハイジャックしよう! と貴女は思い立つ。  そうと決まれば話は早い。空港で自家用機のハイジャックに成功する。  プライベートジェットの所有者でパイロットの女性を人質に取り、国外逃亡を謀るが――その人物は魔女だった。  その魔女は貴女の中に、魔女としての優れた資質を見出した。 「どんな悪事を働いても無問題、それが魔女! 根っからの悪党である貴女は魔女にふさわしい人間よ! 貴女にとって魔女こそが天職なのよ! そう、魔女になるのよ!」  そう言われると、そう思えてくるから不思議である。貴女は魔女の弟子となり魔女の国へ向かった。魔女の道場に入門した貴女は、そこで素晴らしい成績を修める。師匠の魔女の見込みは間違っていなかったと言っていいだろう。実際のところ、それ以上だった。貴女の邪悪な本性が、さらに研ぎ澄まされていったのである。  たとえば……立派な魔女となるためには人の恨みを買わないといけない! という根拠のない思い込みのために、欲望の赴くまま好き勝手なことをやり、貴女は周囲から大いに憎まれた。  人の彼氏を奪うなんて日常茶飯事だった。  恋人を追いかけて内緒で上京した娘がいた。驚かそうと彼の部屋に行ったら、知らない女がやって来て……つまり貴女が現れたわけだが、そこで大騒動となった。 「あなた誰? 私の彼に何の用なの!」 「あたしは凄い魔女になる女だよ。この男に用があるってのは、他でもない。若いエキスを吸収するためさ!」  そう言うが早いか凄まじい吸引力を持つバキュームの魔法で青年の若いエキスを吸い取り、干からびたシワシワの老人へと変えてしまった。驚き嘆く娘に高笑いを浴びせてから巨大な蝙蝠に変身して逃走! などといった事件を起こしまくったので、各方面から道場に苦情が殺到した。  師匠の魔女は閉口した。魔女にピッタリの邪悪な貴女がトラブルメーカーになることは予想の範囲内だったが、ここまで極悪人だとは想像の範囲外だったのだ。貴女をスカウトしておいて、さっさと厄介払いしようとする。  一人前の魔女になるための最終試験。その内容は、鬼ごっこで師匠を捕まえること!? というわけで追いかけっこが開始された。師匠としては、さっさと捕まって終わりにしたいところである。貴女が今後やらかすであろう、取り返しのつかない迷惑行為の責任を世間から糾弾される前に、貴女を一人前の魔女にしてしまう腹積もりだ。そうなったら、自分とは無関係だと開き直れる。鬼ごっこをやる気はまったくなかった。  一方、貴女は真剣である。全能力をフルに使い、師匠を捕捉しようとした。 「令和版シャイニングブリザード!」  必殺の魔法を食らった魔女は即死した。この国でも貴女は殺人犯になってしまったのだ。魔法の国にも警察は存在するので、貴女はここでも警察から追いかけられる立場になった。逃亡のために、また身分証明書やパスポートを偽造しなければならない、と貴女は思った。もしもバスに乗ることがあっても、中に忘れ物はしないと固く決意する。  しかし残念ながら、またもバスに大事な書類を忘れてしまうのであった。
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