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月夜の出会い
ヤングケアラー。
僕はそれだった。
母子家庭のヤングケアラー。
大事に育ててくれた母さんだから、そのフォローをする事は当たり前だったし、嫌じゃなかったけど。
高校は中退した。
日に日に動けなくなる母さんの介護と、バイトに明け暮れた。
母さんが元気だった頃まで続けていた陸上のシューズは、使わないと分かっていても手放せなかったけど。
半年前に母さんが亡くなってからは、自分の生活と足りずに借りた生活費や医療費の返済の為に生きてきた。
正直、疲れてはいる。
もう頑張る理由も、無くなってしまったから。
その日、僕はバイトを終えてオンボロアパートまでの道を歩いて帰っていた。
その道すがら、ぼんやりと浮かぶ月を眺めて上を向いて歩いていたから。
突然横に止まった車にも、しばらく気が付かなかった。
「立山 梛か?」
車道から投げられた声に驚いて顔を向けた。
俺のこれまでの人生で、話しかけられた事の無い何だか重たい声だったから。
高そうなピカピカの車の後部座席から、独特な艶のある雰囲気の男の人が僕を見ていた。
「……はい?」
明らかにちょっと普通のビジネスマンじゃない雰囲気に、僕は肩に力を入れた。
確かに生活はカツカツだけど、返すもんはちゃんと返してる、
借りてる所も闇金じゃないし……。
(どちら様?)
「確認したい事がある、高崎悠貴を知ってるか?」
知らないですと答えられたら、よかったんだけど。
残念ながら知っていた。
僕が高校を中退するまでの仲の良かった友人の名前。
「知ってますけど」
ヨレヨレのTシャツと履き古したデニムの僕。
その男はガチャ、とドアを開けて降りてきた。
華奢で、背も低めな事が悩みの僕のコンプレックスを見事に刺激する男がぬ、と目の前に立った。
「話しがしたい、時間はあるか?」
初対面の人間に対して、ちょっと上から来すぎじゃない?
もう日付けが変わりそうな時間だ。
帰って寝るに決まってる。
「すみません、明日も仕事なんで」
バイト先の居酒屋に来るおっさん達とは、値段が違うのが一目で分かるスーツの布地が、きっと脱いだら凄いのね♡って、着飾ったお姉さん方が喜びそうな身体を覆っている。
僕の欲しい男らしい顎のライン。
ナメられたりしないんだろう鋭い目と、雰囲気。
はじめましてだけど、なんか嫌い。
「……明日、仕事が終わってからは?」
あ、譲歩するんだ、そこは。
男が男を見上げるって、屈辱だよね、なんか。
「……」
でも、日を改めてまで僕と話したいなら、結構真剣に僕に聞きたい事があるんだろう。
「じゃあ、明日なら」
明らかな高級車を背後に僕を見下ろすその男に、僕は了承の返事を返した。
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