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夕方までだったカフェのバイトを終えた僕は、本来なら居酒屋のバイトの無い今日はスーパー巡りをする予定だった。
日々節約の僕みたいな人間にとって、肉、野菜、魚と同じスーパーでまとめて購入なんて勿体無い事は出来ない。
安いところで安い物を探して買っているからだ。
男が待ち合わせに指定したのは、駅前のホテルに併設されたレストランだった。
デニムに僕の持ってるシャツの中では小綺麗なのを選んで着て来たけれど、こう言う場所は落ち着かない。
男は先に来ていた。
僕だって約束の5分前行動なんだけど。
「お待たせしました」
一応謝ってから座り心地抜群の椅子に腰を下ろした。
「……先に注文を」
男は軽食のついたメニューを寄越してくれたけど。
「あ、飲み物だけで」
何の話しか知らないけど、早く帰りたい。
この名前も知らない人とご飯なんて嫌だし。
何より食事代が痛い。
向かい合って座って、僕は目線を上げた。
人と話しをする時は目を見なさいって、母さんの教えは破れない。
昨日とは違い男はラフな格好をしていた。
ファッションに疎い僕には名前は分からないけど、着心地の良さそうなベージュの襟のないシャツを着て……座る前にちらっと見えたパンツも、シンプルな白だった。
やっぱり、嫌いだ。
チラッと見える鎖骨が、男らしい。
無造作にセットされた黒髪のサイドの短さと前髪の長さが絶妙で、髪質も僕とは違って強そうだ。
うん、やっぱり嫌い。
男はコーヒー、僕はアイスティーを頼んで。
その飲み物がセットされた所で、男が口を開いた。
「新鷲 匡生だ」
はい来た、上から。
今日は来てくれてありがとね、くらい言えないのかな。
「それで、悠貴に何かあったんですか?」
悔しいから名前はスルーしてやった。
どうせもう、呼ばない。
「……連絡は無いか」
アンタは部活の顧問か。
上下関係をずい、っと押し出す物言いが妙に嫌だった。
「僕が高校を中退してからは、たまにメッセージのやり取りしてましたけど、ここ一年位はそれも無いんで」
僕は介護とバイトに明け暮れてたし、悠貴は大学に進学した。
去年卒業のはずで。
「……」
新鷲さんの目がじっと僕を見据えた。
綺麗な奥二重の切れ長な目から、目は逸らさずに見つめ合った。
その目は無駄に女性的なタレ目の、僕のコンプレックスをまた刺激してくれた。
「僕、嘘はついてません。調べますか?」
デニムのお尻からスマホを出してテーブルに滑らせた。
生きる世界が違うんだよ。
当たり前に進学出来て、ちゃんとした所に就職出来るまで親に頼れる人間とは。
妬みや嫉みに楽しかった思い出まで汚されたくなくて、僕は意識して悠貴とは連絡を取らずにいたんだ。
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