柊さゆり・葛城誠一

2/3
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/182ページ
「突拍子もないことだと思われるかもしれません。ですが弊社には、不可能を可能にする鍵があります」  さゆりは自信満々な表情を浮かべて続ける。 「一つは、皆さんもご存知の海底資源『マイル』。極めて高い燃料効率で、月面都市のエネルギー源に最適です。そして弊社は、マイルの加工技術を持っている」  12年前に新たに発見されたマイルは、その驚異的な効率から次世代エネルギーとして注目されてきた。その利権を握るため諸国が血眼になって研究を進めていく中、2年前に日本で世界初のマイル蓄電池が完成した。 「そしてもう一つの鍵。そのマイル蓄電池を生み出した張本人です」  当時、マイル蓄電池を搭載した新型スマートフォンをたった1人で開発し、世界に衝撃を与えた人物。その人物は今、さゆりの会社に属し、エンジニア・フェローとして更なる研究に勤しんでいる。 「ご紹介しましょう。エンジニア・フェローの葛城誠一です」  さゆりが右手で合図を送る。  しかし何も起こらない。気づかれないように目線をステージ袖へと向けた。 「すー……すー……」  袖に座り、腕を組みながら船を漕ぐ男が一人。彼こそが、葛城誠一である。  さゆりは笑顔のまま袖へと向かい、誰にも見られないように葛城の座る椅子を蹴り飛ばした。奥の社員たちが凍り付いた様子で眺めている。 「……ん? んー……」  転がった彼が眠そうに目を開け、傾いたメガネを直す。 「起きろ、葛城?」  襟を掴み、さゆりは彼の背中を押しながらステージへと連れ出していった。  マイルはスマホから月面へ。彼を中心に、再び新たな物語が動こうとしていた。
/182ページ

最初のコメントを投稿しよう!