21人が本棚に入れています
本棚に追加
/189ページ
大平葵・柊さゆり
「くしゅん!」
駅南に佇む築20年の定食屋に鈴のようなくしゃみが響く。彼女の持つお冷が微かに波を打つ。
「大丈夫ですか、社長」
目の前に座る大柄な男が味噌汁を抱えながら声をかける。
「んんっ、ごめん」
「誰か噂でもしてるんですかねえ」
「『七光りのお嬢様社長』って?」
「いやさすがにそれは卑屈が過ぎるでしょ」
彼女の名は大平葵。電機メーカー・『華陽』の代表取締役社長である。
1年前、重病を患った父から29歳の若さにして、経営危機に瀕していた会社を継いだ。当初孤立していた彼女も、今では少しずつ権力基盤を固め、再建に向けた取り組みを進めている。
そして彼女こそ、さゆりの妹であり、葛城の元上司だ。
「長津田くん、また太った?」
「失敬な。ガタイが大きくなったと言って下さい。あ、すみませんご飯おかわりー!」
「どの口が……」
常務の長津田明弘は、彼女が長きにわたって信頼を寄せる盟友だ。毎週2人でこの店のトンテキ定食を食べるのが、今の仕事のやりがいである。
最初のコメントを投稿しよう!