大平葵・柊さゆり

1/7
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/189ページ

大平葵・柊さゆり

「くしゅん!」  駅南に佇む築20年の定食屋に鈴のようなくしゃみが響く。彼女の持つお冷が微かに波を打つ。 「大丈夫ですか、社長」  目の前に座る大柄な男が味噌汁を抱えながら声をかける。 「んんっ、ごめん」 「誰か噂でもしてるんですかねえ」 「『七光りのお嬢様社長』って?」 「いやさすがにそれは卑屈が過ぎるでしょ」  彼女の名は大平葵。電機メーカー・『華陽』の代表取締役社長である。  1年前、重病を患った父から29歳の若さにして、経営危機に瀕していた会社を継いだ。当初孤立していた彼女も、今では少しずつ権力基盤を固め、再建に向けた取り組みを進めている。  そして彼女こそ、さゆりの妹であり、葛城の元上司だ。 「長津田くん、また太った?」 「失敬な。ガタイが大きくなったと言って下さい。あ、すみませんご飯おかわりー!」 「どの口が……」  常務の長津田明弘は、彼女が長きにわたって信頼を寄せる盟友だ。毎週2人でこの店のトンテキ定食を食べるのが、今の仕事のやりがいである。
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!