大平葵・柊さゆり

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「あ、見てくださいよ葵さん」  長津田に言われるがまま彼女は背後のテレビを向いた。 『—株式会社アポロンは、月面都市計画の一環として、政府が公募する次世代国産ロケットプロジェクトの競争入札にも参加する方針です』  社名を目にするとともに、葵の表情が曇る。 「すごいなあ、柊さんは」  長津田はそう言いながらご飯に乗せたトンテキを口に運んだ。 「ねえ、やっぱりあいつも関わってんすかね、葛城」 「長津田くん」 「……あ」  戻ってきた彼女の顔は、どこか寂しく、ほろ苦かった。 「その名を出すのは、なし」 「すみません」  食事に向ける長津田の目を盗み、葵はもう一度画面を眺めた。  正午を過ぎ、店は会社員たちでさらに賑わい始める。店を出ると、痛みにも似た眩い陽の光が2人に降り注いだ。今年に入って初めての真夏日である。 「あっちいなー、デブには堪える」 「言ってるじゃない自分で」  店の角を曲がると、鉄筋コンクリート造りの華陽本社ビルが姿を現す。  葵はおもむろに足を止め、長津田に声をかけた。 「あのさ」 「……はい?」 「マイルの加工技術は、会社の物よね?」 「ええ。アポロンと共同で保有すると協定を結んだので」  2年前、華陽は葛城が開発したマイル蓄電池の技術を、姉のさゆりに奪われかけた。当時の常務と結託し、アポロンに売り渡される寸前まで至った。  それを阻止するために打ち出されたのが、華陽とアポロンによるマイルの共同開発である。両者は新たな会社を設立し、共同で権利を保有することで落ち着いた。途中その会社がアポロンに乗っ取られるという一進一退の攻防もあったが、今では正常化している。 「その契約は今も生きているはずですが……え?」  葵は再び空を見上げる。雲一つない、夏にふさわしい晴天だ。 「上からだと、私たちってどう見えてるのかしらね」 「……え、まさか、葵さん……え?」  彼女はふと口角を上げる。意地悪そうなその笑みは姉譲りのものだ。
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