マラソン大会と雨と僕の片思い

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 クラスメートに敬語を使うところとか、あまりに真面目過ぎるところとか、神崎さんは変わり者としては目立っていたけど、それは皆の笑いの種にされるだけで、実際には親しい友達もおらず、いつも一人ぼっちに見えた。  そんな神崎さんがメガネを外すとちょっとカワイイことに気づいている男子はたぶん僕だけだと思う。  書店で神崎さんは『趣味』の棚の本を熱心に読みふけっている。背後から近づいて、どんな本を読んでいるかそっとのぞき込んで僕は驚いた。黒魔術の本だった。 「あ……」  思わず声を上げた僕に神崎さんは驚いたような表情で振り返る。 「む、村上くん……!?」  神崎さんはそう絶句すると、『現代社会の必須スキル・5分でマスターできる簡単黒魔術』という本を慌て棚に戻した。  しかし、取り繕う術がないと気づいたのだろう。僕がHな動画を見ているところを親に発見されたときみたいに、バツが悪い表情で開き直った。 「村上くん。良くないです。人が読んでいる本をのぞき見するのはマナー違反です」 「ゴメン。でも、どうしてこんな本読んでたの?」  すると神崎さんの顔が曇り、しばらく深刻な表情で黙っていた。そうして、諦めたように小さくため息を吐く。普段は子犬みたいにのほほんとしている神崎さんには似つかわしくない表情だ。犯人が刑事からの厳しい尋問で口を割る直前の顔みたい。もちろん、そんな場面、ドラマでしか見たことないけど。  神崎さんはおもむろに口を開いた。 「いけないことですけど、マラソン大会の日に雨を降らせて中止にできないかなって思っています」  僕は自分と全く同じことを神崎さんが考えていることを知って驚いた。そして、思い出したのだ。神崎さんも足が遅くて、去年は完走することさえできなかったことを。  それにしても、黒魔術に頼ろうとするなんて、よっぽど思い詰めているのだろう。  どうしてそこまで……と考えて、僕はその理由に気づいてしまった。胸がチクりと痛む。  神崎さんは教室でいつも海原君のことを見つめていた。たぶん海原君は全く気付いていないだろうけど。そうして、神崎さんもたぶんそれで良いと思っているのだろうけど。  ……好きな人の前で恥を掻きたくはないよね。
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