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「神崎さん、その本買うの?」
神崎さんは少し考えてから首を横に振った。
「まだ決められません。もうちょっと検討してみたいと思います」
僕が一時間くらいかけて小説を一冊選んでから店を出るとき振り返ると、神崎さんはまだ黒魔術の本を困った顔をして立ち読みしていた。
それから二日後、僕は少し遠回りして下校した。僕の高校のそばには大きな公園がある。駅とは反対方向だから滅多に行くことはないけど、この前買った小説の舞台が似た雰囲気だった。どうせなら、公園のベンチで本の世界にどっぷり漬かろうと思って足を伸ばした。
本を読み始めてしばらくして、視線を目の前のグラウンドに向けると僕の高校のジャージ姿でジョギングしている人がいる。
何の気なしにそのあまり様になっていないフォームを眺めて、思わず僕は身を乗り出した。
……神崎さん!
僕は自分の心の中に嫌な気持ちが一杯になってぐるぐるするのを感じた。そうして、ベンチから立ち上がると、神崎さんに気づかれないようにそっと公園から出て行った。
帰り道、僕は苛立っていた。
黒魔術の本を立ち読みするくらいマラソン大会が中止になって欲しいのに、神崎さんは人知れずそれに向けて練習している。きっと海原君の前で恥ずかしい思いをしたくないからだろう。今年こそは完走したいと思っているのだ。
理解できない。そんなに嫌いなマラソン大会のためにあんな努力をすることなんて僕には絶対できない。
「何でだよ……。海原君は神崎さんのこと全然見てないのに」
神崎さんの恋はけして実らない。だって海原君は一年生の女子と付き合っているって噂になっている。何より海原君は神崎さんの可愛さに全然気づいていない。
神崎さんは好きな数学の時間、問題が解けると、必ずイスを後ろの席にぶつけてしまう。その瞬間、自分が教室にいるのをたった今思い出したみたいな顔になって、慌てて振り向いて後ろの生徒に一生懸命頭を下げる。そうして、ふーっと満足そうなため息をついて鼻の頭を掻いてニコッとするのだ。それから、またアセアセと次の問題に取り掛かる。
こういう『神崎さんキュートポイント』に海原君は全然気づいていないのだ。教えてあげる気もさらさらないけどさ。
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