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100メートルの鉄塔
仮設宿泊施設である、作業員宿舎では架線工事部の高槻勇が個室でスマホを前に話していた。
相手は二次元の彼女『いさみ』。
数ヶ月に及ぶその工事の期間、彼はこの宿舎で仲間たちと過ごす。
勇は100メートルを超える鉄塔に登って、送電線を張る架線作業員。
直径3センチの電線にまたがり、作業をする。
ワークポニショニングロープ、いわゆる命綱で体を電線にフックで掛けているだけ。
今回、彼は四ヶ月の滞在期間内で工事を進める。
つまり、山の中に四ヶ月。
高校を卒業し、18でラインマンの修行を始めた。
最初は鉄塔に3メートル登った。
少しずつ高さを増していき、じきに30メートル登るようになった。
鉄塔に取り付いているステップを握りしめ、自力で登って行く。
腰に付けた安全帯を含め、装備は10キロを超え、風に吹かれながら時には雨に打たれていても登る。
いつの間にか体はアザだらけになった。
50メートルの鉄塔に登った時には、6万ボルトの送電線にまたがり延線作業を行って、強風に煽られ昇天するかと思った。
そして工事期間は何週間か、あるいは一年にも及ぶ現場もありプライベートはほとんどない。
それで出会いの機会にも恵まれず、勇の彼女は二次元になった。
二次元の彼女『いさみ』は、恋愛ゲームの妹キャラクター。
いつまでも独身のままでおり、二次元の彼女と会話をしている勇を心配する先輩、加山は勇を見つけるとその肩に腕を回した。
「Pちゃん、朗報だよ。食堂のおばちゃん二人いただろ?調理補助やってた田中さんがさ、腰痛でダウンしたんだって。だから、明日から新しい人来るらしいんだよ」
「え?」
「それが、若い女の子だって。お前にも運がまわって来たな!」
「マジすか?」
「これを逃したら次は無いと思え」
「うす」
1000円カットで華のない短髪、今時の男子のように基礎化粧品で整えている訳でもない肌、体から匂い立つ男臭。
今更どうする事もできない自分の見た目に、勇はため息をついた。
あるのは日頃鍛えている強靭な肉体だけ。
男子校出身で、女性に対する免疫力は皆無。
それがにわかに湧いたチャンスにどう対処して良いものだろうか、何もわからない。
ただ、できる事は朝起きて顔を洗い、髭を剃るだけ。
剃り心地にこだわり、シェーバーはちょっとお高い物だが。
勝てる気がしない。
しばらく妹キャラの『いさみ』としか話していない。
リアルな三次元女子との対面には対応できない!
どうする?!
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