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ラインマン
春日は微笑みながら言った。
「鉄塔に電線張ってあるの見ると、ちょっとギターの弦に見えるから好き」
「え……」
彼女の爪を見ると、弦を爪弾くのに適した長さになっていた。
長い爪と短い爪。
そしてコーティングされて爪を強くしてある。
女性らしくネイルアートしてあるのとは違っていた。
見ると彼女が弾いていたギターには6桁の値段が付いている。
おねだりが300円のガチャガチャだったのは、助かったが。
「ギターってね、停電でも音が鳴るから好き」
「そうだね」
「私ね、停電の時試しにギター弾いてみたのよ。真っ暗な部屋で手探りでギター掴んで。弾けたには弾けた。音だけが響いてたから、近所の人に不気味に思われるからやめたけど」
「ははは」
そんな事をしているうちにショッピングモールを出て、駅の広場に来ていた。
そこには噴水があり、水が噴き上げている。
それを噴水の前に腰掛けながら黙って見ていた。
なんとなくいい雰囲気になってきて見つめ合うと、互いが自然と近付いていく。
外はほんの少しだけ日を落とし始めて、夕暮れ前のなんとも言えない景色になった。
彼女の手を握って顔を近付けていく。
もう少しでその唇に触れる事ができる。
今日1日で一番ロマンティックな時だった。
それなのにデニムの後ろポケットに入れていたスマホがけたたましい音を鳴らす。
どうせどこからかかってきたのか、誰からなのかもわかっている。
着信表示を見ると課長の長澤だ。
「Pちゃん」
「何すかー、いいところだったのにーっ!」
「ごめんごめん、Pちゃん大変だよ。大雨で山崩れした地域で、鉄塔が二基倒れちまった。12万戸停電で、こっちにも応援要請来てる」
「えーっ!?」
彼女は驚いた様子で見守っていた。
「わかりました、すぐ向かいます」
当然ながら、停電したエリアには病院や老人ホームなど命を支える機関もある。
「俺、行かなくちゃ」
そう言うと彼女は微笑んだ。
「みんなあなたを待ってる。助けてあげて、ラインマン」
「うん、この続きはまた今度」
切ない瞳の彼女を見た。
「好きだ」
すぐに立ち上がって駅へ向かう。
「いってらっしゃい」の声が聞こえた。
「応援してる」
「ありがとう」
また今日も命をかけて守るべきものがある。
だけどそれは、とても大切なものばかりでなおざりにはできない。
そういう男たちがいる、という事を時には思い返して欲しい。
山々にそびえ立つ巨大鉄塔群。
それらは殆どが耐久年数を超えてきた。
けれど全国にラインマンは6000人ほどしかいない。
日本はこれからもラインマンを必要としている。
そんなヒーローたちに休みはない。
完
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