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「ミサトさんってさ……」
こちらから切り出しかけた話題を、有無を言わさず園生猛士は奪い去る。
「アイツ、旦那持ちだぜ」
「え!?」
予想外のゴシップに、またもやサチはここ数日中で一番といえるほど頓狂な声を上げてしまった。
「マネージャーに相談してるところを偶然聞いたんだよ。旦那の稼ぎが云々って。大方、ヒモ男でも飼ってるんじゃねぇの。箝口令敷かれてっけど、スタッフは皆知ってるんじゃね?」
「高嶺君も?」
耳を赤くして見送るほどに好きなミサトさんが既婚者だという事実は、高嶺奏にも周知されているのだろうか。
「タカネ? あぁ、雑用係兼ピアノ弾き? 知ってるんじゃねえの、ママの息子だし。てか、喋んないから。アイツから漏れることもないっしょ」
「喋れるんだよ、それが」
「あ?」
「何でもない」
━━喋れるんだよ、好きな人の前では。
「片想いかぁ……」
「あ? なんだよ、さっきから」
「何でもない」
「まぁ、俺たちの仲は内緒な」
野生動物のように鳥串に噛みつきながら、園生猛士は満足気につぶやく。
「俺たちの仲って……友人じゃん、ただの。スタッフとホステスが親しくしてるのがバレちゃいけないって言うから、黙ってるだけで……」
「すみませーん、生、おかわり!」
毎度のことだ。こちらの発言など、聞いちゃいない。
「ほら、ウスイサチも飲めよ食えよ。今日も奢りだから!」
そんな不満も、余りある気前の良さで帳消しにしようとする自分もずるい。
訳の分からない後ろめたさに苛まれながら、向けられたメニュー表を前に悩む『カノン』こと碓氷幸の目に飛びこんできたのは……。
━━また、【推し】。
『店長のイチ推し!』という煽り文句と共にポップ体で書かれた、ヤゲン軟骨串(塩焼き)の写真だった。
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